零戦〜搭乗員たちが見つめた太平洋戦争〜 後編

放送日 2013年12月19日(木) 22:00~22:45
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
22:00~

オープニング映像。零戦に乗った谷暢夫さん等ら搭乗員などを特集する。

キーワード
零戦
谷暢夫さん
大黒繁男さん

零戦~搭乗員たちが見つめた太平洋戦争~「後編」 (バラエティ/情報)
22:03~

明教寺の住職の谷英夫の兄の谷暢夫さんはゼロ戦で敵に体当たりをした。谷暢夫さんは昭和17年4月に飛行予科練習生となり、その後は手紙を家族に送り続けたという。

谷暢夫さんが甲飛10期に選ばれた年、海軍航空隊は激しい消耗戦の最中にあった。熟練の飛行士たちが次々と死去し、逼迫する戦況の中、甲飛10期には突貫教育が行われ、予定より早く飛行訓練が行われた。その後、甲飛10期から380人が零戦搭乗員に選ばれた。この頃、大黒繁男さんは宮城県の松島航空隊で厳しい訓練に明け暮れていた。

大黒繁男さんの手紙の内容が朗読された。手紙には家族を気遣う内容などが記されていた。

甲飛10期はマリアナ諸島まで送られ、マリアナ諸島沖でグラマンF6Fなどアメリカ機動部隊らと戦い、甲飛10期は次々と戦死していった。甲飛10期の笠井智一さんは戦いの最中、仲間の壮絶な最後を目撃し、その時の様子を語った。明教寺の住職の兄の谷暢夫さんは、このマリアナ諸島の戦いを生き延びたという。

昭和19年10月19日、フィリピンのマバラカットにおいて第一航空艦隊司令長官の大西瀧治郎中将は幹部達に、零戦による特攻を行うことを告げた。基地に残っている20機ばかりの零戦では敵に有効な打撃を与えられないとの判断からだった。その日の夜、十期生僧院集合がかけられ玉井浅一中佐から特攻作戦の実行が命ぜられた。

明教寺の住職の谷英夫の兄の谷暢夫さんはゼロ戦で敵に体当たりをした。谷暢夫さんは昭和17年4月に飛行予科練習生となり、その後は手紙を家族に送り続けたという。

谷暢夫さんが甲飛10期に選ばれた年、海軍航空隊は激しい消耗戦の最中にあった。熟練の飛行士たちが次々と死去し、逼迫する戦況の中、甲飛10期には突貫教育が行われ、予定より早く飛行訓練が行われた。その後、甲飛10期から380人が零戦搭乗員に選ばれた。この頃、大黒繁男さんは宮城県の松島航空隊で厳しい訓練に明け暮れていた。

大黒繁男さんの手紙の内容が朗読された。手紙には家族を気遣う内容などが記されていた。

甲飛10期はマリアナ諸島まで送られ、マリアナ諸島沖でグラマンF6Fなどアメリカ機動部隊らと戦い、甲飛10期は次々と戦死していった。甲飛10期の笠井智一さんは戦いの最中、仲間の壮絶な最後を目撃し、その時の様子を語った。明教寺の住職の兄の谷暢夫さんは、このマリアナ諸島の戦いを生き延びたという。

昭和19年10月19日、フィリピンのマバラカットにおいて第一航空艦隊司令長官の大西瀧治郎中将は幹部達に、零戦による特攻を行うことを告げた。基地に残っている20機ばかりの零戦では敵に有効な打撃を与えられないとの判断からだった。その日の夜、十期生総員に集合がかけられ玉井浅一中佐から特攻作戦の実行が命ぜられた。

特攻作戦が命ぜられた最初の夜のことを甲飛十期の井上武さんが振り返る。井上さんはその時には「これでもう終わりかな」と思ったという。

特攻作戦が命じられる2日前、レイテ湾には50万のアメリカ軍が押し寄せていた。追い詰められた日本海軍は戦艦を主力とする40隻の艦隊をレイテ湾に突入させ敵を撃滅する作戦を行う。特攻隊はその援護するため考えられ、甲飛十期の中からは12人が選ばれると「神風特別攻撃隊」と名付けられた。最初の出撃を前に撮影された映像には谷暢夫さんの姿があった。谷さんは何度も出撃したが空母が発見されず、作戦は空振りに。その後、特攻隊員の増員が決定された。

大黒繁男さんは基地において飛行隊長の横山岳夫大尉から呼び出されると、特別攻撃隊への参加を命ぜられた。昭和19年10月25日、大黒繁男さんら5人で編成された神風特攻隊は敵空母に遭遇し損害を与えた。

大黒繁男さんに特攻を命じた横山岳夫さんが当時を振り返る。大黒さんは特攻を命じられ時には口数も少なく「承知しました」とだけ答えたという。また大黒さんとは心が通じあってたからこそ、作戦を命じることが出来たと振り返る。

大黒繁男さんは特攻隊として敵艦隊に打撃を与えた功績から故郷で軍神として祀られることに。その後、物資の不足から国の命令で松の根っこから油を集めることになるのだが、村の人々が渋る。そんな中、大黒さんの父はその労働を一人でやると買ってでた。

京都府舞鶴市の明教寺には特攻で散った、谷暢夫さんが祀られている。海軍が執り行った谷さんの葬儀には各地から1000人を超える参列者が訪れたという。当時、最初の特攻隊員として命を落とした5人の名は全国に知れ渡っており昭和19年10月29日の朝日新聞では1面トップで伝えられた。

神風特別攻撃隊による特攻は日本軍の作戦の中心となり終戦の日まで続けられた。陸軍・海軍合わせて4500人を超える隊員が特攻隊として命を落とした。

昭和20年8月15日に戦争が終わると、大黒繁男さん祀っていた記念碑は村の人によって引きぬかれてしまった。

70年前、零戦が死闘を繰り広げたニューブリテン島のラバウルの海には1機の零戦が沈んでいる。染谷将太が海に潜り、その沈んだ機体の様子を見た。

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谷暢夫さん
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横山岳夫大尉
舞鶴市(京都)
朝日新聞
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ラパウル(パプアニューギニア)
ニューブリテン島

エンディング (その他)
22:42~

エンディング映像

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