夏盛る〜吉澤医師のがん往診日記〜 2013年4月6日放送回

放送日 2013年4月6日(土) 2:30~ 3:59
放送局 NHK総合大阪

番組概要

夏盛る〜吉澤医師のがん往診日記〜 (バラエティ/情報)
02:30~

池袋の繁華街近くに要町病院はあり、地域に密着した病院である。ガンの専門病院ではないが、患者の1/3は進行ガンである。今の国の制度は医療費削減のためガン患者の入院日数を減らす事を目指している。要町病院では患者の希望にそって最後まで治療するのが方針。吉澤医師は緩和ケアが専門の内科医で兄の院長がその取組を支えている。

乳がんが再発し転移している石附惇子さんは、自宅に帰りたいと望んでいる。入院してから1か月、自宅に帰ることを目指しリハビリを続けてきた。娘も在宅することを吉澤医師に相談すると、家族へのストレスを考え外泊を勧めた。

吉澤医師が往診看護専門の成田郁子さんと訪問診療に出発した。吉澤さんは18年前から取り組んできた。要町病院では入院と在宅と一貫したケアの対策をとっている。

胸水を抜いた目黒さんが退院することになった。2人の娘が母親を支える。目黒さんは免疫治療に回復の望みを託している。しかし効果が立証されていないため要町病院では行なっていなかったが、希望を受け専門医で培養した免疫細胞の点滴を引き受けることにした。

石附惇子さんの家族からお腹が張って苦しそうだという連絡があり、吉澤医師が駆けつけた。入院してもおかしくない容態だが本人の希望により、在宅を続ける事になった。

2週間に1度の定期訪問に渡邉さん宅を訪れた。お腹がはり栄養剤を入れると疲れると訴えていた。

7月5日、家族から目黒さんが苦しんでいるとの連絡があり吉澤医師は入院を薦めた。要町病院で検査を受けた目黒さんは転移したがんが肺に広がっていることを告げられた。長女の知世さんに吉澤医師は旅立たれることが近づいている状態出ることを告げ、治療方針を考えた。

7月21日、渡邉哲夫さんが自宅で意識を失い要町病院へ運ばれてきた。吉澤医師は喉のがんが進行していることを美代子さんに告げた。そして美代子さんに在宅看護する場合は美代子さんが不安に思っているなら連れて帰れないと話した。

7月25日、渡邉哲夫さんの家を吉澤医師が訪れた。そこで渡邉さんは吉澤医師と成田さんに感謝のプレゼントを渡した。

吉澤明孝医師は普段は病院で診療しているが、その一方で在宅患者もみている。週3日往診し、主に進行したガンの患者の家を訪れる。息苦しさを訴える目黒世律子さんには入院を勧めた。在宅でも入院でも一貫して患者をみるのが吉澤医師の方針。検査の結果胸に水が溜まっていることがわかった。

胸に溜まった水を専門医により抜くと目黒世律子さんの表情が和らいだ。胸水を大量に抜くと体内の栄養も一気に失われるため多くに病院ではこの処置をしないが、ろ過し重要な栄養だけを取り出し患者の体内に戻す処置を開発し行えるようになった。

2カ月余りの吉澤医師と3人の患者、それと家族のガンと向き合う日々をお送りする。

石附さんの外泊が決まり、訪問看護師に注意事項を伝えた。2ヶ月ぶりの自宅に帰宅した石附惇子さんを夫が出迎えた。本人が家族がどうしたいかを聞き、その目標に近づける事が苦痛をとることだと吉澤医師は話す。外泊の結果、このまま退院することになった。

在宅の渡邉哲夫さんは固形物を食べる事ができない。大の酒好きの渡邉さんに吉澤医師はきちんと栄養をとることを条件に飲酒を認めてきた。

渡邉さん夫婦は大学時代の同級生で、揃って国語の教師となった。妻の趣味は油絵、渡邉さんの趣味は書道と俳句。以前は癇癪でテーブルを叩く事があったが、最近はなくなったと妻は話した。

退院の日、成田さんが病室を訪れ薬の説明をした。目黒さんの夫は住職で自宅はお寺の敷地内にある。夫は3年前にガンで亡くなり、それまで2人で闘病してきた。1回目の免疫治療が行われた。長女は希望につながるなら続けて行きたいと話した。

2日後、石附惇子さんを見ている訪問看護ステーションの看護師から呼吸の状態が悪化していると連絡があった。吉澤医師が駆けつけ家族とともに看取った。庭の緑と愛犬と夫と娘に囲まれた8日間だった。

2日後に要町病院で検査を受けた。検査の結果、胸に水が少量溜まっているが抜くほどではないと様子を見ることになった。

入院した目黒さんに自分で鎮痛薬の量をふやすことが出来るPCAポンプという機械の説明を行い、翌日に目黒さんは退院することになった。

退院して自宅に戻ってきた目黒さんは免疫治療の点滴を行った。在宅看護担当の成田さんは、公開は必ず残るがその数を少なく出来ればいいという思いがあると話した。

7月8日、渡邉哲夫さんは長女や孫に囲まれて過ごした。渡邉さんは孫達の成長をもう少し見たいと言う気持ちがあるが、おじいちゃんが生きていたという印象が記憶に残ればいいかなと思うと話した。

7月9日目黒さんが熱を出し吉澤医師が往診に訪れ、解熱の治療を行った。それから成田さんと吉澤医師は交代で毎日目黒さんの元へ通った。

7月18日、渡邉さんは台所でスイカを妻のために切った。妻の美代子さんは渡邉さんの口の代わりにならなくてはいけないと思いしゃべりすぎてしまうことがあると話した。そして渡邉さんは書と俳句で吉澤医師と成田さんに感謝の意を告げることを決めた。

7月20日、目黒世律子さんの3回目の免疫治療が行われた。成田さんはこのごろ毎日のように目黒さんを訪ねていた。長女の照世さんは安心が欲しかったんだなと今になって思うと話した。

吉澤医師に促され妻の美代子さんは一人で自宅に戻った。2日後、意識を取り戻した渡邉さんは退院の許可を出してくださいと吉澤医師にお願いした。そして美代子の許可を得て渡邉さんは退院した。

7月25日、目黒さんの家に孫達が集まった。この7日後に目黒世律子さんは息を引き取った。吉澤医師、成田さんに見守られ、2人の娘たちと過ごした日々だった。

要町病院の吉澤明孝医師は病院と患者たちの家を往復する日々を続けている。患者にとっての一番の幸せとは何かを考えて。

キーワード
要町病院
池袋(東京)
がん
PCAポンプ

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