明日へ -支えあおう- 証言記録東日本大震災36 新地〜津波は知ってるつもりだった

放送日 2014年12月14日(日) 10:05~10:53
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

今回は福島県新地町を見ていく。長い砂浜が連なる人口8000人ほどの町で約10mの高さの津波が襲った。しかし、震災前の町の人々の津波の認識は他の土地の人とは大きく異なっていた。人々の記憶にあったのはチリ地震津波のものだったからだ。

キーワード
新地町(福島)
チリ地震津波

証言記録東日本大震災 (バラエティ/情報)
10:08~

新地町の沿岸部は今後、防災緑地に整備され人が住むことはできなくなる。震災前には町の北の端にある小高い丘には磯山という集落があった。ここには42人が暮らしていた。この集落で美容院を経営していた谷隆さんが東日本大震災当時の状況を語った。大津波警報が出た時、津波を見ようとすぐそばにある高台に登ったそうだ。

地震発生時となり町の相馬市に出かけていた三宅さんは自宅に残していた妻と孫を心配してすぐに戻ってきた。地震のあと、片付けなどをしていたがその頃防災無線からは大津波警報のお知らせが続いていた。しかし、それで心配したのは停電で料理ができないという心配だった。磯山集落の人々はチリ地震津波で影響がなかったことから安全だと思っていた。

東日本大震災の日から3年9ヶ月の月日が流れた。高台への集団移転も始まり、被災した人々は新しい生活を歩み始めようとしている。母親を亡くした信幸さんはチリ地震津波の写真を今も見ることがあるそうだ。そして、2日に1度は自宅跡地を訪れている。新地町の人々はあの日の教訓を胸に刻み、この地で生きていこうとしている。

大戸浜地区では避難の呼びかけが行われていた。当時を知る吉田さんは車に乗りながら避難を呼びかけたという。当時伏見さんは高台の避難場所には40から50人しかいないという。地域のハザードマップでも家屋が破壊されるほどのものではないと予測されていた。

津波が来た時、田んぼに津波が押し寄せたという、津波が押し寄せた様子を各々の住民が語った。中には海を見に来ていた人が津波に巻き込まれたこともあったという。大戸浜の緑地広場には100人ほどが集まっていたという、その中で逃げていくお年寄りの夫婦が逃げてきたのを見て必死に手伝い逃げた市の職員もいた。三宅さんは一旦は逃げたものの家に戻って探したという。

チリ地震の津波は大きく水が引き、貝などを取った印象が残っていたという。津波に恐怖の印象がなかったという。

磯山集落では避難誘導が始まった。三宅さんは津波がくると地域に呼びかけたという。しかし大半の人が避難していなかったという。隣の集落には50軒ほどあったがほとんど避難していたという。

キーワード
新地町(福島)
東日本大震災
津波
チリ地震津波
大浜(福島)

エンディング (その他)
10:48~

NHK杯では羽生結弦が復興ソングに合わせて演技を見せた。その様子を一部紹介した。

被災地からの声を紹介した。

スポット

この番組で紹介されたアイテムは登録されていません。
  1. 前回の放送
  2. 12月14日 放送
  3. 次回の放送