あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜 宮城県気仙沼市 齋藤利莉さん

放送日 2018年3月13日(火) 10:50~10:55
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
10:50~

オープニング映像。

あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜 (バラエティ/情報)
10:50~

宮城・気仙沼市に住む齋藤利莉さんは、地元のフェンシングクラブに所属。父・道利さんの勧めもあり、小学校1年生のときにフェンシングを始めた。3年生で全国大会で入賞するなど、すぐに頭角を現した。一番熱心に応援していた父は娘の五輪出場を夢見ていた。母・江利さんは、五輪に行く時があったら田畑を全部売って資金をつくり、応援したいと口癖のように話していたと振り返る。だが、震災の日。住んでいた地区は津波に襲われ、道利さんの行方が分からなくなり、2か月後、近くの海岸で見つかった。利莉さんは当時、1年は何もやる気が起きないくらい無気力だったと話す。練習に身が入らなくなり、この年の全国大会は52位に終わった。翌年も結果を出せず、競技をやめることも考えた。

だが、同級生で幼馴染みの選手、藤澤将匡さんの存在が利莉さんを変えた。藤澤さsんも津波で祖父を亡くし、自宅は流されたが、その翌年、全国大会で2位になり、利莉さんより先に日本代表になった。利莉さんは「すごく悔しかった。いつか絶対追い越してやると思った」という。その悔しさから奮起し、小学6年生のときの全国大会では自己最高の2位。ついに、憧れだった日本代表のユニフォームに袖を通した。国内ランキングは17歳未満の部で17位、年上の世代と戦っていることもあり、目立った成績を残すことができずにいた。トップクラスの選手との差であるスピードを上げることを重点的に練習している。体育館での練習を見守る父の姿はなくなったが、父親の応援を感じながら共に夢見た東京五輪を目指す。利莉さんは「東京はとりあえず出場することが目標。(その先の五輪で)金メダルを取って喜んでいる姿を見せたい」という。

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キーワード
東日本大震災
気仙沼市(宮城)
齋藤利莉さん
道利さん
フェンシング
東京
東日本大震災アーカイブス

エンディング (その他)
10:54~

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キーワード
明日へつなげよう-NHK東日本大震災プロジェクト-

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