ファミリーヒストリー [終]「最終回スペシャル 名場面集」

『ファミリーヒストリー』は、NHK総合テレビジョンで不定期に放送されているドキュメンタリー番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年3月16日(木) 19:30~20:15
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
19:30~

今日は最終回スペシャル。名場面集をお送りする。

今田さんは「松崎さんの回が忘れない。ゲストより泣いてしまった」と話した。

最終回SP 名場面集 (バラエティ/情報)
19:31~

番組で紹介した哀川翔の写真。放送後、この写真に関するある事実がわかった。哀川翔の父・福地家興は満州大陸に渡った。しかし、肋膜炎にかかり療養のため、一人日本に戻った。その5年後、ソ連が満州に侵攻し、家興の父は亡くなった。家興は警備隊に入隊。ところが、家興の乗った哨戒機が徳島沖で別機と衝突した。5歳の哀川翔は母の代わりに徳島に向かった。その後、家興の遺体が見つかり、父の死を母に報告した。

放送後、一通のメールが届いた。送り主は写真に移る自衛官・中野洋一さんの妹・結城良子さんだった。中野さんは事故後、哀川さんの家族の世話係を任されていた。しかし、その後、中野さんの乗った哨戒機も墜落し、25歳で亡くなった。中野さんの同期、福森さんは「親族を見て悲嘆のどん底だとよくわかりましたね」と話した。結城さんは「中野家にとってみんなが思い出を語れる場面を作ってくださったことに感謝しながら、兄を忘れないよう生きていこうと思います」と語った。

昨年2月森山良子さんの歌が放送された後、「2人にお父様がwe must liveと話されたのを聞き私達夫婦への言葉だと思った」というメールが寄せられた。森山久が話したwe must liveはある悲しみを乗り越えるための言葉だった。父はアメリカで育った日系二世でジャズトランペッッターをしていた。昭和9年24歳になったとき、日本にやってきた。しかし太平洋戦争が勃発し、家族が暮らすアメリカに戻れず国籍を日本に変えることを余儀なくされた。プロパガンダ放送「ゼロアワー」に出演。そこで、ラジオトウキョウ局で、日本人や日系人が集められ、久は放送責任者となる。当時女性アナウンサーは、米兵の間で東京ローズと呼ばれ人気となった。翌年、長男・晋が生まれる。しかし戦時中に参加した南方慰問団の一員となっていた久は、責任を問われ一度逮捕されている。釈放されたあとの昭和23年、長女の良子が誕生。しかしここでもプロパガンダ放送に関わった日系人に対して厳しく責任が追及され、自ら東京ローズであると語ったアイバ・戸栗は国家反逆罪に問われた。この際の法廷で同じ日系二世の久は検察側の証言台に立たされ、必死に覚えがないと繰り返した。

松崎しげるさんの叔父・松崎泰男によると、松崎さんの家系は菊屋という屋号で伊勢崎で酒屋をやっていたという。そこで、群馬・伊勢崎市に松崎酒店に訪れた。屋号は一致したが、戸籍上でのつながりは確認できなかった。店主の松崎和男さんの話によると、酒造りの人は新潟・上越市出身者が多いことがわかった。そして、柿崎区の松崎姓の家を回った結果、松崎圭四さんに伊勢崎の親族がいることがわかった。そして、戸籍を調べた結果、松崎酒店の清助と松崎さんの祖父・長作が兄弟であることがわかった。

俳優・赤井英和さんの”赤井”は母方の姓。母・久栄さんは赤井家のルーツは戦国時代の武将「悪右衛門」だと伝え聞いている。黒井城の城主、赤井悪右衛門直正は現在の兵庫県丹波市で12万石の領地を治める戦国武将。京都にいる直系で15代目となる子孫・赤井道子さんを訪ねると、江戸時代に書かれた家系図が受け継がれていた。赤井直正の名はあるが、英和さんと親戚だとは聞いたことがない、と道子さんが話した。そこで久栄さんの本家を訪ね、仏壇にある先祖の記録を見せてもらうと”時家”と”幸家”という名があった。時家の子が幸家と直正であり、赤井英和さんの先祖は悪右衛門ではなく弟の幸家であることがわかった。信長の家臣だった明智光秀が黒井城を攻め落とすが、落城寸前幸家は直正の幼い息子・直義を守ったという。その結果悪右衛門の子孫が現在まで引き継がれている。

昭和46年、長男の晋が心不全で24歳で亡くなる。良子の母が晋の話をした際、父は「もう帰ってこないのだから話すのはやめよう。We must live」と言ったという。それから25年後、良子さんは「涙そうそう」を作った。放送後、13名の大学生が命を落とした軽井沢のスキーバス事故で子を亡くしたという女性からメールが届いた。「2人にお父様がwe must liveと話されたのを聞き私達夫婦への言葉だと思った」と寄せられた。

ファミリーヒストリーでは、番組取材で新たな事実が分かることが度々ある。

ケンドーコバヤシさんの形見は祖父・安東髙さんがロシアから持ち帰ったという大きなスプーン。髙さんは終戦後ソ連軍に捕らえられ、現在のウズベキスタンであるウズベク共和国に連行された。首都タシケントにある第一収容所と強制労働の現場を往復する日々のなか、唯一の楽しみだった食事でそのスプーンが欠かせなかった。新宿区の平和祈念展示資料館では抑留者が持ち帰ったスプーンが展示されている。スプーンは支給されないため現地住民から貰ったり鉄くずで作ったりしていた。髙さんにとって命の次に大事だったスプーンは、現在母・輝恵さんがらっきょうを瓶から取り出すために使っているという。

視聴者版ファミリーヒストリーとして、元小学校教諭の島村直子さんが出演。画家であった叔父が亡くなったあと、米国へ養子にもらわれていった自分のいとこを直子さんは自力では見つけられなかった。叔父・洋次郎は旧制浦和高校を中退後、戦時中は従軍画家となる。多くは肖像画で脚光を浴びることはなかったが、交流のあった詩人宗左近は「島村は魂の画家」と評している。結核を患い37歳で亡くなった洋次郎の絵を知ってもらおうと直子さんは作品展を開いてきた。その絵を洋次郎の息子・鉄にも見せたいと願っている。洋次郎の戸籍には、鉄が3歳のときアメリカ人のウェーバー夫妻の養子になったこと、洋次郎が肌身離さず持っていた手帳には、ウェーバー夫妻の名前と生年月日が綴られていた。そして国会図書館にあるGHQ内線電話帳に軍曹ジョー・ウェーバーの名が。また、ウェーバー氏が鉄と出会ったのは中野区にある聖オディリアホーム乳児院であることも判明。洋次郎は闘病中に離婚したためここに鉄を預けていた。この頃進駐軍の兵士が児童養護施設の子どもを養子として迎えるケースが多く、洋次郎は鉄を養子に出すことを決めた。

退役軍人記録を調べたところ、メモと一致するジョー・ウェーバー氏の情報にたどり着いた。テリー・ユージーン・ウェーバーという息子がおり、鉄の誕生日とも一致した。アメリカでその名を探すと、カリフォルニア州のトーランスで暮らしていることが判明。自宅を訪ねると、日系人の妻シャロンさんと2人で暮らしていた。テリーさんは昭和28年に日本の家庭裁判所が発行した養子縁組の記録を保管していた。テリーさんは高校卒業後海軍に入隊、ベトナム戦争に従軍。退役後は部品メーカーのエンジニアに。30歳のとき結婚、2人の子どもをもうけ昨年には初孫を授かった。

家族の苦労を知った斉藤由貴さんや奥田瑛二さん、財前直見さん、小倉智昭さん、宮本和知さん、松崎しげるさん、財津和夫さんらの涙の名場面を振り返った。

生みの親を捜そうと思ったことはないというテリーさんは驚いていた。実はテリーさん自身も絵を描くのが得意だった。直子さんは幸せな暮らしをしていた事を知りすごくうれしい、とコメントした。直子さんの家にテリーさんを招くと父の絵をみて感激していた。

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