ブラタモリ 「銚子〜銚子はなぜ日本一の漁港になった?〜」

『ブラタモリ』(英称:BURATAMORI、通称:ブラタモ)は、NHK総合テレビで2008年から断続的に放送されている日本の紀行・バラエティ番組。司会を務めるタモリの冠番組でもある。ステレオ放送、解説放送・ステレオ2音声(2016年4月30日放送分から実施)、文字多重放送、ハイビジョン放送を実施[※ 1]。 レギュラー版の放送時間は、第3シリーズまでは毎週木曜22:00 - 22:48[※ 2]であったが、第4シリーズからは毎週土曜19:30 - 20:15(いずれもJST)へと変更された。パイロット版や特番の放送時間は#番組の推移節などを参照。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年6月25日(火) 23:50~ 0:35
放送局 NHK総合大阪

番組概要

千葉県銚子 (バラエティ/情報)
23:50~

今回は千葉県銚子の漁港からスタート。銚子漁港があるのは利根川の河口域で4キロの岸壁を持つ巨大な港。本日のテーマは「銚子はなぜ日本一の漁港になった?」というもの。登場したのは銚子の町の成り立ちに詳しい城西大学准教授の山下琢巳さん。2018年の水揚げ量ランキングで銚子は1位で8年連続で日本一。サバなど様々な魚が上がり1日に5000トンを超えることもある。銚子の水揚げの8割以上は他県から来た漁船の水揚げだという。どうしてわざわざ関東の端っこにある銚子にやってくるのか。タモリは船が大好きだといい、今日はここだけで1本やったほうが良いかな、と話した。

キーワード
銚子(千葉)
銚子漁港
城西大学
サバ
サンマ
イワシ

オープニング (その他)
23:54~

オープニング映像。

♪オープニングテーマ「女神」井上陽水

キーワード
女神
井上陽水

千葉県銚子 (バラエティ/情報)
23:55~

タモリがまず向かったのは銚子の東の外れ、犬吠埼。ここの地形に全国から漁船が集まる大きな理由が隠されている。犬吠埼灯台は明治7年に完成。日本の三大難所とされた銚子の海難事故を防ぐために設置された。この辺りの地形に詳しいという銚子市学芸員の岩本直哉さんが登場。好きな魚料理はカレーボール。銚子の太平洋に突き出したとんがりの地形が日本一の漁港になったことと関係していると言う。一体どうしてなのか、まずはとんがりが出来た理由を灯台の下に行って探る。砂におかしな模様があるのをみて、タモリは生痕化石ですか?と正解。この辺り一帯では海の生き物の化石がたくさん見つかっている。実はこの岩は砂岩で、しかもアンモナイトの化石が見つかっていて、1億2000万年前の地層があるということになるという。これだけ古くて硬い岩があることが、銚子のとんがりが出来た理由だという。これだけ古い地層が露出している場所が関東平野では銚子だけで、国の天然記念物に指定されている。銚子には古くて硬い岩がたくさんあり、あまり削られることなくずっと残ったという。岩本直哉さんは12万年前の地図を見せ、銚子は半島ではなく銚子島だったと説明した。銚子島に陸から土砂が流れてきて土砂が体積していくと同時に一体が隆起し銚子島と陸がつながり現在のとんがりが出来た。でもどうしてとんがりが日本一の漁港と結びつくのか。

銚子のとんがりで流れを変えた黒潮と、北からの栄養分が豊富な親潮が交わり、プランクトンがいっぱい出来るという。その他にも長さが日本で第2位、流域面積が第1位の利根川から栄養たっぷりのものが流れてくると、さらに豊富な漁場が出来るという。日本一の漁港を作り上げた第1の条件はとんがりが生んだ絶好の漁場だった。

タモリがやってきたのは外川という港町。ここの外川漁港は銚子で最初に作られた漁港。この漁港は江戸時代に港が出来たが、その時から密集して暮らしていて、漁場を求めて和歌山の人が移住してきて作ったまちだという。江戸時代ここにどうして銚子ではじめての漁港が作られたのか。その理由はまちの構造を見るとわかる。山下琢巳は、漁港から何本も坂道が伸びているが、荷車を使ってとれた魚を運ぶために直線の道が作られたと説明した。砂地に向けて魚を運んでいたのは、干したイワシを肥料に加工するためだったという。干鰯は江戸時代には最高の肥料として非常に高値で売れたと言われている。この場所が干鰯場だったことを覚えている人がいるとして会いに行くことに。外川に住んで83年の島田泰枝さんはタモリを見て驚いた様子。自身の祖父は魚を持っていって青山に土地を買ったというほど、当時の銚子は金持ちになるための銚子で、銚子に来れば皆金持ちになったという。台地を生かして行われた干鰯づくりが銚子発展のきっかけになった。その後銚子は、利根川の河口にある北側でさらに発展を遂げる。銚子漁港は大正14年に着工し莫大な建設費用を千葉だけではまかなえなかったが、どうやって資金をまかなったのか。銚子漁港の建設を支えた革命的なものとは何か?銚子電気鉄道にのって次の目的地に向かう。

タモリは銚子電鉄に乗ったことはあるといい、今日は貸し切りで移動する。 銚子は春キャベツの生産量が日本一。電車に乗りながら、旅のお供にぬれせんべいを食べた。このぬれせんべいに使われているものしょうゆが銚子漁港の建設を支えた。

銚子は日本を代表するしょうゆの町で、街の中には所狭しとしょうゆ工場が並んでいる。このしょうゆが莫大な利益を上げ、銚子漁港の建設費用を賄うことにつながる。しょうゆ工場の工場長・若松昭夫が江戸時代から400年続くしょうゆメーカーの工場を案内する。しょうゆ工場でもろみを撹拌する様子を見る。もともとしょうゆは大豆と塩から作られていたが江戸時代に、この工場の前身となる蔵で、小麦を加えた。こうして出来た新しいしょうゆは、とくにそばつゆで盛んに使われたという。かつおだしを加えて、小麦が入っているものと入っていないもので比べてみると、タモリは小麦が入っているものの方がバランスが良い香りがする、とコメントした。そのしょうゆがよく売れ、街に莫大な利益をもたらすようになる。このしょうゆマネーを背景に、銚子漁港の建設に乗り出したのが当時の社長・浜口吉兵衛。町のリーダーとして国や県と交渉し、漁港建設に足りない費用も捻出した。

こうして近代的な漁港ができた銚子は、大型船の受け入れも出来るようになり大量の魚が水揚げされた。しかしこれ以外にも銚子を日本一の漁港にお仕上げた決め手があった。タモリは銚子漁港の近くにもどってきた。日本一の漁港になるために決め手がこの坂を上りきったところにあるという。台地の上には、魚を冷凍する工場があった銚子は冷凍庫・冷蔵庫の数が全国の漁業地域で1位。冷凍工場の中に入ってみると、マイナス35度位をキープしているという。この工場だけで蓄えられる魚の量は1万トン以上。銚子全体では10万トン以上になる。銚子が日本一になったんは冷凍して出荷できる能力があったから。漁港の背後の台地の上に立ち並ぶ冷凍工場。坂の上にイワシを運んで作った干鰯。時を越えて受け継がれる地形を生かす知恵が日本一の漁港を支えていた。

タモリは今日の銚子について、地形を利用して付加価値を生んでいくのは江戸時代から続いている、面白いところだとコメントした。

キーワード
銚子(千葉)
犬吠埼
犬吠埼灯台
カレーボール
天然記念物
利根川
外川漁港
干鰯
銚子漁港
銚子電気鉄道
銚子電鉄
しょうゆ
浜口吉兵衛

エンディング (その他)
00:33~

エンディング映像。

♪エンディングテーマ「瞬き」井上陽水

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ブラタモリの次回予告。

キーワード
瞬き
井上陽水
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