ブラタモリ #70 京都・祇園

『ブラタモリ』(英称:BURATAMORI、通称:ブラタモ)は、NHK総合テレビで2008年から断続的に放送されている日本の紀行・バラエティ番組。司会を務めるタモリの冠番組でもある。ステレオ放送、解説放送・ステレオ2音声(2016年4月30日放送分から実施)、文字多重放送、ハイビジョン放送を実施[※ 1]。 レギュラー版の放送時間は、第3シリーズまでは毎週木曜22:00 - 22:48[※ 2]であったが、第4シリーズからは毎週土曜19:30 - 20:15(いずれもJST)へと変更された。パイロット版や特番の放送時間は#番組の推移節などを参照。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年5月3日(水) 1:10~ 1:55
放送局 NHK総合大阪

番組概要

京都・祇園 (バラエティ/情報)
01:10~

今回は京都・祇園の花見小路からスタート。旅のお題は「日本一の花街 祇園はどうできた?」。案内してくれるのは祇園町南側地区まちづくり協議会の太田磯一さん。芸姑と舞妓の豆六さんらも同行する。まずは芸姑と舞妓の違いとして、舞妓は二十歳ぐらいまでで格好も違うと紹介した。

タモリが案内されて訪れたのはお座敷遊びができるお茶さん。普段は一見さんお断りだが、今回は特別に入れてくれた。

キーワード
祇園(京都)
花見小路
祇園町南側地区まちづくり協議会

オープニング (その他)
01:13~

オープニングテーマ/井上陽水「女神」

オープニング映像。

キーワード
井上陽水
女神

京都・祇園 (バラエティ/情報)
01:15~

タモリは紹介がないと入れない祇園のお茶屋に初潜入。お座敷があり、酒や料理とともに舞妓・芸妓の芸を楽しめる。

ここでタモリは豆千佳さんと豆六さんに話を伺った。豆千佳さんによると髪の毛は1週間ほど結ったまま、寝るときも箱枕を使うという。そんな話をしつつ訪れたのは2人が普段暮らしている置屋、ここから先ほどのお茶屋さんなどに派遣されるという。

お茶屋さんに料理を届ける仕出し屋さんも花街に欠かせないお店と紹介。お茶屋から注文を受け料理を作って届ける店で、客の食べるペースに合わせて1品ずつ配達するためお茶屋の近くに必ずある。祇園の南側の花街は明治以降に開発されており、花街になる前は建仁寺の境内だった。明治時代の廃仏毀釈によって建仁寺の境内の北側が政府に没収され、そこを祇園の組合が買い取ったという。

明治時代以前の花街があった場所を探すため、かつての境内の外側を歩くと道がやや曲がっており、そこが境内の端だと説明を受けた。その先にはかつて大石内蔵助が遊びほうけたまねをしていた「一力茶屋」があった。かつてはこの一力茶屋が面している四条通沿いに花街が存在していた。

かつて花街があった四条通へ。当時の写真と見比べると、一力亭がかつては四条通沿いに入口があったが、大正時代に花見小路側に移動した。タモリは「四条通に背を向けて反抗しているみたい」と話した。

京都の高低差に詳しい街歩きガイド、梅林秀行さんが合流した。八坂神社の西楼門の部分に断層が通っており、断層の活動によって持ち上がった東山と沈み込んでできた京都盆地の境にある。1912年に京都市電が四条通に開通した際に四条通を北側に大きく広げた。そのため八坂神社の西楼門も四条通の正面に来るように移動し風景を整えた。市電の開通により老若男女誰しもが四条通を行き交う街に変わってしまい、花街がふさわしくなくなり大正元年に四条通に面したお茶屋さんは営業禁止になり、移転することになったという。

八坂神社は江戸時代までは祇園社という名前でお寺と神社がセットになっていた。祇園という名前は祇園精舎という仏教寺院を意味していたため、明治時代の廃仏毀釈で仏教的な用語を冠することを禁止された。祇園社の境内は平安時代後期は建仁寺ができるまで約1kmも西に広がっていた。そのためそれが祇園という名の由来となった。

祇園社の時代に建てられた本殿内部へ。テレビ初潜入となる。八坂神社がかつて広大な境内を持つ祇園社だったため付近が祇園と呼ばれたこと、その門前に花街が広がったことがわかった。

祇園社は信仰の場でありながらいろんな出店が出ており娯楽の場でもあった。お客を引きつけるために赤いエプロンをした女の子が三味線の音にあわせて豆腐切りを行うというパフォーマンスが花街のシステムの始まりだという。参拝客にお茶を出す店から江戸時代はじめに料理やもてなす女性、さらにはお座敷まで提供する店に変わっていった。

花街のシステムが分業制になったヒミツを知るため鴨川へ。かつて鴨川は西は河原町通、東は縄手通まで大きく広がっていた。1670年に江戸幕府が市街地の開発のため堤を築き現在の川幅になった。河原が開発され花街も川沿いまで広がり、水害が多かった四条通の北側も急激に開発されていった。江戸末期には700軒ものお茶屋があり、芸姑さん舞妓さんは3000人以上いた。大きく発展したため徐々に分業化していった。

江戸時代の花街の中心だった北側へ。道がギザギザになっている通りがあり、何故か東側はまっすぐで西側だけがギザギザになっていた。これは縄手通と大名屋敷からそれぞれ開発されていった街と街の間に隙間ができ、ギザギザになったのが理由。現在は南側はお茶屋組合が一括所有しているため街並みが統一されているが、北側は自由にできるためクラブなど現代の花街となっている。

キーワード
祇園(京都)
建仁寺
廃仏毀釈
一力茶屋
大石内蔵助
一力亭
八坂神社
鴨川

エンディング (その他)
01:53~

エンディングトーク。タモリは「聖と俗とが微妙にお互いの領域を守りながら少し化学反応を起こしておもしろい街ができるというのがよくわかった」と話した。

エンディング映像。

エンディングテーマ:井上陽水「瞬き」。

ブラタモリの次回の予告。

キーワード
井上陽水
瞬き
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