SONGS イルカ

放送日 2013年3月16日(土) 23:00~23:30
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
23:00~

旅立ちの季節を象徴する曲として愛されてきた「なごり雪」を歌うイルカさんのデビューは20歳。女性フォークシンガーとして40年以上歌いつづけている。イルカさんを見出したのは、学生時代にめぐりあった神戸和夫さん。夫、プロデューサーとしてイルカさんを支え続けて来た神部さんは2007年に他界した。

キーワード
なごり雪
神部和夫さん

第253回 イルカ (バラエティ/情報)
23:01~

ラジオで人気を得た1975年に「なごり雪」と出会った。神部さんは「なごり雪」をあたたかみのあるイルカの声で歌わせたいと、かぐや姫のメンバーに粘り強く交渉。快く承諾してくれたが、イルカさんは「なごり雪」がかぐや姫のファンにとって宝物のような曲で、奪ってはいけないと1人だけ拒んでいたという。その迷いを断ち切ったのは「なごり雪」の作者である伊勢正三さんだった。レコーディングスタジオに訪れ、イルカさんに「イルカが歌ってくれる僕の歌を聴くのは好きだよ」と声を掛けてくれて、歌う気持ちに切り替わったという。

イルカが「なごり雪」を披露。

東京生まれのイルカさんは、サックスプレイヤーの父親のもと音楽に囲まれて育った。小さい頃からものづくりが大好きだった。母校の女子美術大学を訪ねた。陶芸を学ぼうと思っていたイルカさんは、掲示板に貼られた「フォークソング同好会」のポスターが人生を変えた。仲間とフォークグループを結成したイルカさんは、音楽にのめり込んで行ってしまった。現在のフォークソング同好会の部室を訪ねると、後輩達が練習をしていた。

イルカが「海岸通」を披露。

18歳、イルカさんは運命の人と出会う。3歳年上の神部和夫さんは、早稲田大学からギターの指導に来ていた。神部さんはフォークグループ「シュリークス」で既にレコードデビューしていて、学生バンド界のスターだった。フォークを通じて2人は意気投合、ほどなく交際を始めた。「卒業したら一緒に歌おう」と約束をかわしていた2人は、1971年に新生「シュリークス」として2人でデビュー。1972年に結婚し、公私共にパートナーとなった。神部さんはイルカさんの才能を育てたいと、歌手を引退しプロデューサーになった。イルカさんは当時のことを「急に厳しくなった。」と話す。イルカさんは1974年に「あの頃のぼくは」でソロデビュー。さらにイルカさんの親しみやすいキャラクターが活かせるラジオの深夜放送の仕事を見出した。

イルカが「まあるいいのち」を披露。

1977年、アルバム「植物誌」が音楽チャートで1位を獲得。年間に行うコンサートは200本以上となった。心身ともに疲れたイルカさんは1977年にコンサート活動の休止を発表。この時期、イルカさんは夢だった絵本を製作するなど新たなことに挑戦。また、長男を出産し母となり幸せな日々を過ごしていた。子どもを育てながら歌うことはできないと考えていたイルカさんへ神部さんは「道を切り開いていく責任がある」とよく言っていたという。2年後に復帰し、その翌年には女性シンガーソングライターとしては初めての武道館コンサートを行った。

夫の神部さんをパーキンソン病が襲い、音楽の現場から離れざるをえなくなった。このまま歌手活動をしていていいのかと悩んだイルカさんだったが「イルカの半分は僕」といつも言っていた神部さん。きっと夫は歌うことを望むはずと、イルカさんは歌うことの思いを強くしていった。20年に及ぶ闘病生活だったが、イルカさんは決してファンの前で病気のことを語らなかった。2007年に神部さんが永眠。亡くなった1か月後に行われた送る会では、集まった人たちと一緒にイルカさんは「まあるいいのち」という曲を歌った。

キーワード
なごり雪
東京都
女子美術大学
神部和夫さん
海岸通
早稲田大学
シュリークス
まあるいいのち
あの頃のぼくは
オールナイトニッポン
かぐや姫
伊勢正三さん
植物誌
イルカin武道館
パーキンソン病
山本コウタロー
森山良子
杉田二郎
西岡たかし
神部さん

エンディング (その他)
23:28~

番組ホームページのURLテロップ。

SONGSの次回予告。

キーワード
SONGS 番組公式ホームページ

スポット

この番組で紹介されたアイテムは登録されていません。
  1. 前回の放送
  2. 3月16日 放送
  3. 次回の放送