歴史秘話ヒストリア 将軍吉宗のわがまま!?江戸1300km象の旅

『歴史秘話ヒストリア』(れきしひわヒストリア)とは、2009年よりNHK総合テレビジョンで放送されているNHK大阪放送局制作の歴史情報番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年11月17日(土) 10:05~10:50
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
10:05~

8代将軍 徳川吉宗は時代劇では正義のヒーローとして描かれた。実際の吉宗は享保の改革で日本を立て直したカリスマ将軍だった。吉宗はたった一度、象を見てみたいとわがままを通したことがあった。初めて見る像に日本中は大フィーバーとなった。象の絵が競うように描かれた。象の足跡は今も全国にある。国を挙げてのイベントに一致団結したのがサムライたちだった。象で国を再生させようという吉宗の戦略があった。

オープニングテーマ:storia/Kalafina

キーワード
徳川吉宗
吉宗評判記・暴れん坊将軍
享保の改革
Kalafina
storia

将軍吉宗のわがまま!?江戸千三百キロの象の旅 (バラエティ/情報)
10:08~

きょうの主人公は8代将軍 徳川吉宗。吉宗が将軍を務めたのは約300年前の江戸時代中頃。様々な社会問題が起こり、解決のために吉宗により享保の改革が行われた。もう1人の主人公は広南国生まれの象で7歳の時に日本にやってきた。約300年前、象と日本人の間に驚きの出会いがあった。

福岡県飯塚市の町並みはいたるところに象の絵がある。1728年、ベトナムから長崎についた象は江戸を目指した。飯塚はその途中に位置する。飯塚の宿場近くに庄屋が書いた日記には水は1日90リットル、足には関節がないなどと書かれていた。飯塚だけなく日本中の人が象を観察。全国の市民が日記や絵に象について描いた。1716年33歳で将軍になった吉宗は日々政務に負われていていた。そんな吉宗を癒やしたのが動物図鑑を見ること。中でも象を最も気に入り、日本を訪れたオランダや中国の商人の間で吉宗が象を欲しがっているという噂が広がった。吉宗の時代は江戸幕府が出来てから100年となり、人口増加は頭打ちになり、バブルの終わりが見え始めていた。更に1706年には富士山が噴火。幕府の財政は悪化していた。それに対し吉宗は改革を実行。教育では全国共通の教科書を作り寺子屋に配布、教育水準をあげようとした。福祉では薬草を全国から探し出し大量に栽培、薬を無料で配った。そんな1728年6月、長崎に象を乗せた船が到着、それ聞いた吉宗は長崎から江戸まで歩かせると命令した。

吉宗は目安箱を設置。目安箱を開けるカギは吉宗だけが持っていて、自ら直接訴えに目を通した。また、隅田川や御殿山などの桜の名所は吉宗の命令で作らせたものだった。

1729年3月、象が長崎から江戸へ出発。象を無事に送り届けるため象使いや荷物持ちなど総勢21人の特別チームが結成。長崎から江戸までは40近くの大名領を通過することになり、それぞれの場所で象を迎えるための準備が行われ、食べものはデザートまで用意された。象が通過する藩に対し幕府から扱い方について指示が出され、扱い方は旅が進むに連れ進化していった。出発から1月で通過した尼崎藩では対策会議が開かれ、食事を独自に訂正。情報を仕入れるため特別調査隊を結成し、尼崎に来る1週刊前に象の様子を観察。4月象が尼崎に到着すると、象の前方500m前を侍が先導、領民に対し事前に細かな指示が出ていた。尼崎藩の他にも象が通った藩では同様の努力が行われた。象が歩いて旅をすることで侍たちは藩の垣根を越え1つの目的に向かって動かした。江戸時代の日本には300近い藩があり、それぞれの仕組みで政治を行っていた。コレに対して吉宗は日本を統一国家で納めようした。1721年には全国一斉の人口調査を実施。日本初の本格的な人口統計として幕末まで6年毎に行われた。更に日本のどこになんの特産物があるのか各藩にイラスト付きのリストの提出を求めた。

出発から一月半、象は京に到着。これまで以上に細かいお触れが出された。一方、庶民の象熱は加速し、象に関連する本が次々に刊行され飛ぶように売れた。そんな中、中御門天皇が象の見物を希望し、清涼殿で見ることになった。

1400年前に作られた古墳の中から見つかった金属製の鞍には象がかたどられていた。平安時代になると象は仏教との関わりで知られるようになる。また15世紀以降、度々きていて記録上の最古は足利義満への贈り物だった。その後豊臣秀吉や徳川家康にも贈られた。最近では1970年の大阪万博の開会式に参加する16頭のアジア象が神戸港から歩いて移動した。

エンディングテーマ:into the world/Kalafina

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御所を訪れた翌日、象は江戸に向けて出発。京都を出発して10日後、東海地方最大の浜名湖の目前にやってきた。しかし交通手段が小さな渡し船しかなかったため、一行は脇道を迂回することにしたが、急勾配だったことから「象鳴き坂」と呼ばれた。その後東海道に戻り大井川も通過。最後の難関の箱根を渡ったが、それにより象は体調を悪化。懸命の看病体調を取り戻し、5月26日象が江戸城本丸に到着した。

しかしこの頃、江戸では米の値段が下がり続けており米が給料だった武士は生活が成り立たず、米を売って収入を得ていた大名も苦境に立っていた。これは吉宗が新田開発で米の増産したことで米が余ったことからだった。これに対し吉宗は金の量を減らした元文小判を発行し、お金の流通量を増やし米の値段を上昇させ解決させた。また象は徳川家の別邸があった浜離宮恩賜庭園で大切に飼育され、大名の以来で出張するなどフィーバーは続き、江戸に来て12年目の1742年にこの世を去った。奈良市にある墨の工房には幕府から墨を作るよう依頼があった象の鼻からとった膠が残っていた。

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元文小判
奈良市(奈良)
中央区(東京)

エンディング (その他)
10:49~

「歴史秘話ヒストリア」の次回予告。

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