アスリートの魂 生きる証のバックスピン 片腕のゴルファー 小山田雅人

アスリートの魂(アスリートのたましい)は、NHK総合テレビジョン→NHK BS1で放送されているスポーツドキュメンタリー番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2015年8月27日(木) 1:30~ 2:15
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
01:30~

オープニング映像。ゴルファー小山田雅人選手は、子供の頃に右腕を失い、左腕一本でクラブを操り、健常者と同等の約270ヤードを飛ばす。無いものを嘆くよりあるものに感謝したいと話し、障害者ゴルフで日本のトップに登り詰めた。今はツアープロを目指している。そのために必要なのが、片腕では不可能と言われる技「バックスピン」。バックスピン習得の他に、発症した脳腫瘍とも戦っている。小山田雅人の戦いに密着する。

キーワード
脳腫瘍

生きる証のバックスピン 片腕のゴルファー 小山田雅人 (バラエティ/情報)
01:33~

去年10月に茨城県土浦市で第1回障害者ゴルフ選手権が開催された。障害者ゴルフはパラリンピックでの正式種目への採用を目指しており、15か国から50名以上が参加した。日本からは右腕がない小山田雅人選手が参加。ドライバーの飛距離は約270ヤードと健常者並み、パッティングを見事に決める繊細な技術もある。個人戦で9位になった。小山田選手はこれまでに九州・沖縄障害者オープン(2007年)や日本障害者オープン(2013年)で優勝している。健常者が参加する栃木県アマチュア選手権(2009年)で2位、栃木県知事盃争奪ゴルフ競技(2011年)でも4位になっている。

なぜ右腕がなくても健常者にも負けない飛距離が出せるのか。その秘密を探るため、筑波大学・白木仁教授に動作解析を依頼した。健常者の堀尾研仁プロとドライバーのショットを比較すると、堀尾プロは左右両腕の内側の筋肉を使ってボールを飛ばしているが、小山田選手は常に左腕内側の筋肉を最大限に使っていた。さらに、左腕の肩・ひじ・手首と3箇所の外側の筋肉を動かすタイミングを微妙にずらしてムチがしなるような動きを作り出し、大きなパワーを生み出していることがわかった。白木教授は「トップに行った時に肘が曲がるのは健常者だったら良くないが、彼はそこでタイミングを合わせている」と話した。この独特の動きは、小山田選手が1人で練習を繰り返して行くなかで見つけたものだ。小山田選手は「無いものを嘆くよりも、あるものに感謝したい」と話した。

小山田選手の元には体験談を話して欲しいと講演の以来が多く寄せられる。企業の新人研修に招かれた小山田選手は、「自分で持っているものを工夫すればできるようになる」と子どもの頃に自分で工夫し身につけた投げ方でのキャッチボールを披露した。小山田選手は講演後、「あきらめたらその場で、強く言えば人生が終わってしまう」と語った。

栃木・那須町で、精肉店を営む両親の元に4人兄妹の末っ子として生まれた小山田選手。2歳の時にひき肉を作る機械に巻き込まれて右腕を失った。小学校入学後に野球に夢中になった小山田選手は左腕だけで打ったり投げたりする技術を練習で身につけ、小学校では4番バッター、中学校ではエースピッチャーとしてチームを県大会準優勝に導いた。そして甲子園を目指して高校の野球部の門を叩いたが、監督は右腕がないことを理由にマネージャーを依頼。小山田選手は甲子園出場を諦め、1人で健常者と戦えるスポーツがしたいとゴルフを選んだ。高校卒業後、県の職員として働きながら、就業後や週末にゴルフの練習を重ねた。そして2年前、ティーチングプロのテストに合格した。

小山田選手には、障害者ではまだ誰も成し得ていない、ツアープロになるという次なる目標がある。そこで取り組んでいるのが、バックスピンの技術の習得だ。その必要性を痛感したのは、今年4月にプロテストを受けた時だった。ツアープロがプレーするコースは芝を強く固めてボールを転がりやすくしているため、絶好のチャンスでボールがグリーンからこぼれ落ちるという場面があった。バックスピンはツアープロになるには必要不可欠な技術だ。バックスピンをかけるためゴルファーは右腕でクラブを強く押し込みボールに強い回転をかける。左腕一本の小山田選手は、まず打ち方の改良に取り組んだ。カット打ちと呼ばれる技術で、ボールの下にクラブをこするように当てて回転をかけようと考えたのだ。しかし、左腕だけではパワーが足りず強いスピンはかからない。そこで小山田選手は下半身の強化にも取り組むことにした。

小山田選手は10年前に脳腫瘍を発症。摘出手術を行ったものの取り切ることは出来なかった。今も小さな腫瘍が数多く残っているため、再発の危険と共に暮らしている。そんな小山田選手の大きな支えになっているのが、4歳の一人娘・真姫ちゃんの存在だ。真姫ちゃんは小山田選手を取材したニュース番組を見るのが大のお気に入りという。ツアープロなることは、自分が生きた証を娘の記憶に残したいという想いも込められている。小山田選手は4年前、練習に専念するため25年間務めた県の職員の仕事を辞めた。妻・朗子さんは、最初は戸惑ったというが最後には受け止めた。今は、医療機器メーカーなど3社からのスポンサー支援が主な収入源だ。コースを回れない日は近所の公園で練習をする。必ず持ち歩くのは、朗子さんからの誕生日プレゼントという野球練習用のマスコットバットという。

障害者ゴルフの全国大会に出場するため5月下旬に北海道に向かった小山田選手。付けるのは新しい義手だ。激しい練習で毎年のように新調している。小山田選手はこの大会で、練習してきたバックスピンが実戦で使えるか試すという。そして12番ホールでバックスピン試すと、グリーンを捉えて落下地点からおよそ3メートルのところで止まった。しかし、ボールが落ちたところからほとんど転がらないようにしたいと考えていた小山田選手は満足いかない様子。さらに迎えた16番ホールで、再びバックスピンを試した小山田選手だが、今度は10メートル以上転がり大きくオーバーしてしまった。今の打ち方ではボールを止めるのに必要なスピンがかからないという大きな欠陥が実戦で明らかになった。

栃木に戻った小山田選手は打ち方を一から見直すことに。試行錯誤の末、従来は重心を後ろ脚に乗せクラブを地面と平行に押し出してボールをこするようにして打っていたが、改良後は重心を前脚に置きボールに向かって上から強く打ち込むようにするという、今までとは全く違うスイングを考えだした。しかし、この打ち方には左腕に大きな衝撃を受けるというリスクも伴う。練習を重ねる中で、左肘に激痛を感じるようになった小山田選手だが、少しでも早くツアープロになるため、痛みを我慢してこの打ち方にかけることにした。

7月に、健常者のティーチングプロたちとの試合という、バックスピンを試す実戦の舞台がやってきた。しかし、肘の痛みはひかないまま、試合直前に薬を飲んで痛みをごまかす小山田選手。ツアープロを目指すには、健常者のティーチングプロと互角以上に渡り合うことが必要と小山田選手は考えている。しかし、この日は雨で義手の右手が滑ってしまい、狙い通りにボールを飛ばせずバックスピンを仕掛けるチャンスは訪れない。一方、健常者のティーチングプロたちは雨をものともせずスコアを伸ばしていく。小山田選手は前半9ホールを終えて10オーバーと大きく差を付けられてしまった。 小山田選手は後半に入って最初のホールでやっとバックスピンを狙うチャンスがやってきた。しかし、ボールは止まらない。グリップが滑ることを気にするあまりクラブを思い通りに打ちこむことが出来なかったためだ。追い込まれた小山田選手だが、「誰にも負けたくない」と闘志に火が付いた。3番ホールでバックスピンに挑み、ボールはグリーンでピタリと止まった。このホールはバーディで終わることができた小山田選手は「思い通りに出来た。ショットの課題はほぼ克服したかな」と語った。結局後半の9ホールは3オーバー。健常者のティーチングプロたちと互角に闘うことが出来た。小山田選手はツアープロを目指し、今のバックスピンの技術をさらに磨いていくことを決めた。

キーワード
土浦市(茨城)
第1回障害者ゴルフ選手権
九州・沖縄障害者オープン
日本障害者オープン
栃木県アマチュア選手権
栃木県知事盃争奪ゴルフ競技
渋谷(東京)
那須町(栃木)
ティーチングプロ
バックスピン
PGA
松山英樹プロ
脳腫瘍
北海道
北海道障害者オープン
大田原市(栃木)

エンディング (その他)
02:12~

番組HPのURLがテロップ表示。

エンディング映像。小山田雅人は自分の可能性を信じて、娘に生きた証を残すために挑戦を続ける。

キーワード
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