ろーかる直送便 北海道SP▽そして新幹線がやってくる〜北海道交通革命の140年

『ろーかる直送便』(ろーかるちょくそうびん)は、2010年4月9日から2016年4月1日までNHK総合テレビジョンで放送されていたテレビ番組。全国のNHKの地方放送局が制作したテレビ番組を放送していた。字幕放送実施。

出典:goo Wikipedia

放送日 2016年3月16日(水) 3:00~ 3:45
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
03:00~

まもなく開業する北海道新幹線は最高時速260キロで走ると伝え、今回は北海道の交通革命をテーマに40年の歩みを伝えると紹介した。登別温泉軌道やSL機関車が稼働していた当時の様子が流れた。

キーワード
北海道新幹線

そして新幹線がやってくる〜北海道交通革命の140年~ (バラエティ/情報)
03:03~

北海道の鉄道の歴史は小樽から始まったと言われており北海道鉄道開通起点と記された碑があり、小樽市総合博物館には幌内鉄道で使用された蒸気機関車が飾られている。明治の初め、北海道の産業は漁業が中心であったが鉄道の登場で石炭の輸送が可能となりエネルギー供給基地となった。高架桟橋と呼ばれる石炭の積出施設でありその仕組を紹介した。

主に石炭を運ぶために使用されていた鉄道は街をつくるものとなっていったという。小樽から始まった鉄道はその後、北海道内陸まで線路を伸ばし明治39年には北は名寄駅まで繋がった。名寄駅は鉄道開通後住民が7倍にまで増えたという。狩勝線は北海道の暮らしを変えるたと言われており、帯広を中心とする十勝の繁栄に繋がったという。かつて狩勝線の運行を担当していた人の話を紹介した。

道東や道北など鉄道が敷かれていない土地では馬を使用した簡易の鉄道が敷かれており毛細血管の様に伸びていたという。

北海道函館市から望むことが出来る津軽海峡はかつてしょっぱい川と呼ばれていた。渡るために利用されていた青函連絡船は担ぎ屋台など数多くの人を運んでいた。

青函連絡船の元乗組員はかつては貨物列車が連絡船と直接つながっている車両航走が用いられていたと話した。これにより運ぶものの安全が保たれたという。貨物列車が入ることによりバランスが崩れてしまうのを船に水を蓄えるポンプを使用することで均衡を保っていたと話した。

昭和30年代には札幌にテレビ塔が建設され終戦直後には人口が60万人を超えた。そのため渋滞問題が活発になり路面電車などが主な原因であったという。当時札幌市交通局長であった大刀豊さんはパリで経験した地下鉄を取り入れようと動き出したが、人口の問題で国には認められなかったという。しかし、冬季オリンピック開催決定により国に認められ昭和46年に南北新幹線が開通した。

昭和56年の9月と10月の時刻表を見比べると札幌帯広間がひと月で1時間の短縮されていることがわかる。石勝線の開通によるもので札幌帯広間を46キロ短縮したという。

石勝線が開通した頃に津軽海峡では、史上最大の交通革命と呼ばれている青函トンネルの工事が進んでいた。洞爺丸台風に寄る沈没事故をきっかけに青函トンネルの開通事故が本格的に始まったという。当時トンネル工事に参加していた角谷敏雄さんはトンネルの独特な匂いと温度が精神的に苦しめられたと話す。異常出水によりトンネルは3キロに及び浸水した当時、角谷さんたちは不眠不休で排水に携わったという。

青函トンネル開通後、函館青森間の輸送時間は三分の1までに短縮された。また鮮度が命の野菜類の輸送も可能となった。青函トンネル開通から26年の今、北海道新幹線開通が目の前となっており知事などによる試乗会が行われている。

キーワード
小樽(北海道)
青函連絡船
小樽市(北海道)
津軽海峡
札幌市(北海道)
石勝線
高橋はるみ知事
北海道新幹線

エンディング (その他)
03:42~

北海道新幹線の一番発の情報を紹介したエンディング映像。

  1. 前回の放送
  2. 3月16日 放送