NHKスペシャル メルトダウン6▽原子炉冷却 12日間の深層〜見過ごされた危機

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年3月12日(日) 21:00~21:50
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
21:00~

廃炉作業が続く福島第一原子力発電所。6年経った現在もメルトダウンした核燃料がどうなっているのかわかっていない。最新の解析によれば最も激しくメルトダウンしているとみられるのが1号機。床のコンクリートも侵食し格納容器の底にまで達する恐れがあった。その結果発生した核燃料デブリの取り出しが廃炉作業最大の難関だと考えられている。事態の悪化を確信し効果的な冷却を始めたのは事故発生から12日後のことだった。その真相を探るため100人を超える関係者を取材。さらに事故対応の現場で交わされた発話の記録を人工知能を使って分析する。

キーワード
東京電力 福島第一原子力発電所
核燃料デブリ
メルトダウン
人工知能

メルトダウン6 (バラエティ/情報)
21:03~

3月11日に発生した福島第一原発事故で最初にメルトダウンしたのは1号機。翌日に水素爆発を起こした。13日には3号機がメルトダウン、14日には3号機が水素爆発、2号機もメルトダウンした。1号機への効果的な冷却が始まったのは12日後の3月23日。11日の地震発生から6分後、イソコンと呼ばれる非常用の冷却装置が自動で作動。しかし津波が襲い施設内の電気が喪失しイソコンが稼働しているのかわからなくなってしまった。イソコンが動いていれば豚の鼻と呼ばれている原子炉建屋の壁にある排気口から高音の蒸気が吹き出すが、地震発生から2時間後に確認に向かった社員が見たのはもやもやと出ている蒸気だった。現地対策本部はイソコンは動いていると判断したが、実際は止まっていた。この時、発電所内にはイソコンを動かした経験者がいなかった。

かつて福島第一原発で働いていた社員にインタビュー。イソコンが動いた時に豚の鼻から出る蒸気を実際に見たことがあり、雲が湧く感じで建屋が隠れるくらい蒸気が発生すると説明した。社員は「正確な情報が伝わらなかったのは非常に残念。経験があれば動いていないと判断できたと思う」と語った。

地震発生から約3時間半後に一部のバッテリーが復旧しイソコンが動いていないことが判明したためイソコンを作動。この時はすでに燃料の一部がすでにむきだしになっていたと考えられている。東京電力はイソコン作動後に豚の鼻を確認したところ蒸気が見えなくなったためイソコンのタンクの水がなくなっている可能性を懸念。豚の鼻から放射性物質が外部に放出される恐れがあると考え、作動から7分後に唯一の冷却手段だったイソコンを停止した。その後、タンクには10時間冷却を続ける水があることがわかり、イソコン停止から3時間後に再びイソコンを起動した。しかしこの時点でメルトダウンが進行しており、イソコンでは冷却できない状況に陥っていたと考えられている。アメリカの原子力発電運転協会は運転員の知識と経験の不足があったと指摘した。

アメリカではイソコンを実際に起動し性能を確かめる実動作試験が義務付けられている。ミルストン原発の元運転員トレーナーは正常な動作とはどのようなものなのか、また何が異常の原因となるのか経験を積むことは非常に重要だと話す。

福島第一原発ではイソコンの研修は行っていたものの実動作試験は40年間1度も行っていなかった。取材に対し東京電力はイソコンが破損していた場合、実動作によって大気中へ放射性物質が放出されるリスクがあるためと回答した。

かつて福島第一原発の所長を務めたことがある男性を取材。「実動作試験の実施に躊躇があるのは率直なところ。地域の方々のことをあまりにも意識しすぎて穏便にソフトランディングできないかと考えがちだった」と話した。

リスクを恐れ行われてこなかったイソコンの実動作試験。こうして1度も使ったことがない装置で事故対応にあたることになった。イソコンでの冷却に失敗した1号機は解析によれば3月12日午前1時頃にはメルトダウンした核燃料が原子炉を突き抜け格納容器まで達していた。午後3時36分には1号機が水素爆発し放射能汚染が広がり現場の作業が困難になった。現場の指揮をとっていた当時の所長は原子炉を冷却する手段として消防車による注水を目指していた。しかし注水ラインには抜け道が存在し、原子炉に届いていたのは注いだ水の僅か1%程度だったことが最新の解析でわかった。核燃料は格納容器の床に広がり深く侵食し、取り出しが困難な大量の核燃料デブリが発生していると見られている。

東京電力のテレビ会議の発話を分析。人工知能で解析するという手法もとられ、当事者たちの思考の傾向や疲労度などを詳細に分析できる。5559回の所長による発話が誰とのやりとりなのかを解析し、事故対応に当たった関係者との関係性を分析。3月13日の時点では1号機の状況に危機感を抱いていた。

3月13日の午前2時50分の発話記録。免震重要棟と東京電力との発話で原子炉水位の燃料上部についてのやりとりが行われていた。この頃、水位計は同じ値を占めしていた。この数値が正しければ水は核燃料の真ん中付近まであることになるが、実際は全ての核燃料が溶け落ちている状態だった。所長はこの時、水位計が正しい値を示していない可能性や消防車の注水を疑っていた。午前4時ごろになると1号機に関する発話の割合が急速に低下し、一方で冷却装置が停止し危険な状況になっていた3号機に関する発話が6割を占めた。そのため1号機の対応は後回しとなった。

3月13日の午前7時頃は3号機への注水が開始されると事態は一旦落ち着きをみせ、正午ごろになると1号機に関する会話が6時間ぶりに集中。柏崎刈羽原子力発電所の所長が1号機の状況を懸念する発話があった。当初1号機の状況に疑問を抱いていた福島の所長だが、1号機には水が入っていると答えた。福島第一原発の所長が話す相手は東京電力本店の幹部が62%。柏崎刈羽原発の所長が話す相手も本店が半分以上だった。福島と柏崎が直接会話したのは0.6%にすぎなかった。

3月14日午前6時、1号機格納容器内の高い放射線量が計測され、メルトダウンが進んでいることが推定されたが、現場では3号機への対応が優先されていた。この日、3号機が水素爆発。翌15日には2号機から放射性物質が大量に放出された。3つの原子炉はすべてメルトダウンした。さらに4号機も水素爆発した。3月16日の会話の中心は3号機と4号機で、1号機に関する発話は全体の6.2%だった。さらに福島第一原発所長の発話数が事故発生からの6日間で発話が途切れた時間帯がわずか5時間だった。さらに16日時点の発話の分類は燃料プールや4号機の火災のほか土木工事、資材、要員など多くの判断に所長が関わっていたことがわかった。原子炉への対応は全体の12.8%だった。

所長の疲労は深刻化していた。自衛隊ヘリからの放水が行われた3月17日、この頃東京電力本店から原子炉の注水量を減らすべきとの意見が出た。これに対し柏崎刈羽原発から「夢の夢物語。すべて蒸発していると見るべき」と反対の意見が上がった。本店からの意見が優先され1号機への注水が減らされた。

この頃、所長の発話の中から深刻な変化を読み取った。同じ言葉を繰り返す言いよどみの傾向は3月20日から急激に増えた。この後、所長は指揮権を交代し医師の診断を受けた。20日午後2時頃、1号機の原子炉の温度が400度に達していたことがはじめてわかった。注水ルートが変更され1号機の原子炉へ水が注がれるようになったのは3月23日だった。

東京電力では事故対応を想定した訓練が重ねられている。所長1人が様々なオペレーションに対し判断せず、原子炉への対応に集中できるように模索している。専門家たちはイソコンのほかにも実動作試験が行われていない設備があるのではないかという内容の会議を行った。実動作試験について原子力規制庁は「リスクも踏まえながら調査・検討したい」と回答した。

キーワード
福島第一原発
イソコン
津波
メルトダウン
東京電力
米国原子力発電運転協会
ミルストン原発
核燃料デブリ
水素爆発
福島第二原発
柏崎刈羽原発
オフサイトセンター
免震重要棟
中央制御室
柏崎刈羽原子力発電所
原子力規制庁

エンディング (その他)
21:48~

エンディング映像。

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