NHKスペシャル 東日本大震災

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2014年11月28日(金) 22:00~22:50
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
22:00~

東日本大震災の津波で74人の児童が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校。亡くなった子供たちに手を合わせようと訪れる人が後を絶たない。娘を亡くした佐藤敏郎さんは教訓を語り継いでいる。なぜ学校で多くの命が失われたのか、未だに多くのことが分かっていない。

キーワード
佐藤敏郎
今野浩行さん
今野ひとみさん
大川小学校

大川小学校・遺族たちの3年8か月 (バラエティ/情報)
22:05~

教育委員会の説明に納得できない遺族の一部は定期的に集まるようになっていた。佐藤敏郎さんは学校側と対話を続けていくことが大切だと話している。

2013年2月、大川小学校をめぐる調査は新たな段階に入った。国も関与して美谷島邦子さんなどの専門家による検証委員会が設置された。遺族は我が子のために踏み込んだ調査を期待している。室崎益輝さんは避難が遅れた原因を明らかにするには厳戒があったと考えている。

今年2月、一部の遺族で東日本大震災で避難が遅れた原因が明らかになっていないと学校側を裁判に訴えることを表明した。只野英昭さんは何がいけなくてこんなことになったの知ってもらいたいなどと話した。

今年5月、佐藤敏郎さんなど遺族が石巻市などに損害賠償を請求する裁判が始まった。遺族は子どもたちの命は救えたはずだと主張したのに対して石巻市は津波の被害は予測できなかったとしている。

裁判に参加している遺族たちも苦悩する日々が続いていた。紫桃隆洋さんは小学5年生の子どもを亡くした。きちんとした説明がまだできないでいる辛さがあると話している。

宮城県石巻市にある大川小学校は東日本大震災の津波の影響で70人が死亡し4人が以前として行方不明のままとなっている。苦しい道のりを歩んできた遺族の姿を紹介する。

宮城県石巻市立大川小学校では津波で児童・教職員84人が犠牲になった。学校での被害が大きかったのは大川小学校だけだった。石巻市の教育委員会は多くの児童が犠牲になったことを謝罪したが校庭に留まり続けたのか説明はなかった。

佐藤敏郎さんなど遺族は避難が始までの50分間、状況を独自に調べ始めた。只野哲也くんは津波に呑まれながら奇跡的に助かった。教育委員会が助かった児童や保護者などから話しをきき集めた報告書に只野哲也くんの話しはなかった。

佐藤敏郎さんなど子供を失った遺族は目の前の問題にとらわれた「事なかれ主義」が避難の遅れに繋がり結果として子どもたちの命を守れなかったのでは考えている。

今年3月11日、犠牲になった74人の子どもたちと10人の教職員の命。家族や学校関係者がそれぞれの思いを胸に祈りを捧げた。

学校や検証委員会も二度と悲劇をくり返さないという思いは同じ。原因を究明し誰もが納得する結論を得ることの難しさが浮き彫りとなった。

8月、紫桃隆洋さんは群馬県上野村にある御巣鷹山を訪れていた。日航機墜落事故の現場にて大川小学校の検証委員を務めた美谷島邦子さんと会った。

大川小学校の悲劇をくり返さないために何ができるのか裁判に参加しなかった、佐藤敏郎さんは子どもの命と災害をテーマにした勉強会に招かれた。心に起きた変化を話した。

大川小学校の校庭に裁判に参加した遺族も参加しなかった遺族の姿があった。学校のプールはガレキや土砂が溜まったままになっていた。亡くなった子どもたちのために出来る限りのことをしたいとプールの清掃をしていた。失った命と向きあう日々はこれからも続く。

キーワード
佐藤敏郎
只野哲也くん
室崎益輝さん
美谷島邦子さん
佐藤敏郎さん
只野英昭さん
今野ひとみさん
紫桃隆洋さん
石巻市立大川小学校
東日本大震災
事なかれ主義
大川小学校
上野村(群馬)
御巣鷹山

エンディング (その他)
22:48~

エンディング映像。

スポット

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