NHKスペシャル 激動“トヨタ・ピラミッド”

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)は、NHKのドキュメンタリー番組。略称は「Nスペ」。単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。本項では前身である『NHK特集』(エヌエイチケイとくしゅう)についても記述する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2012年6月10日(日) 21:00~21:50
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
21:00~

世界有数の自動車メーカー・トヨタ。トヨタの生産ラインはトヨタをトップとした第一次・二次・三次と、幾重にも下請けが支えるピラミッド型の構造で維持されている。しかし、国内市場は4年連続で赤字を計上しており、今、国外市場に活路を見出しているところだ。ここに入り込もうと必死になる国内の下請け会社だが、一方で国内のピラミッドでは技術革新が迫られる状況になっている。激動するトヨタピラミッドの最前線に迫る。

キーワード
トヨタ

激動 トヨタ ピラミッド (バラエティ/情報)
21:04~

創業の地、豊田市にトヨタ自動車は本社を構える。従業員は世界に32万人、年間の売り上げは18兆円。国家予算の5分の1にあたる。部品を供給するメーカーは県内だけで約1万社あると言われる。豊田市周辺にはトヨタと直接取引する1次サプライヤーの工場が立ち並ぶ。それを取り囲むように2次サプライヤーの工場が広がる。そのひとつのサプライヤー「野口製作所」はプラミッドの変化に翻弄されている。

このような状況下にトヨタ自動車は新たな方針を打ち出した。今後モータリゼーションを期待している土地で更に成長に乗って行きたいと発表。2015年には車の半数を新興国で販売すると宣言した。アメリカを中心に利幅の大きい高級車の販売を伸ばしてきたがリーマン・ショックのあと高級車の売り上げが伸び悩んだ。先進国に変わり急成長を見せたのが中国やインドなどの新興国市場。中国ではフォルクスワーゲンが高いシェアを占めていた。韓国のヒョンデ自動車はインドで低価格の自動車を売り出し一気にシェアを伸ばしていてた。トヨタは新興国で安い部品を調達することに迫られた。その結果日本のようなピラミッドが世界各地にできるようになった

トヨタが新興国の重要な拠点と位置づけるインドネシア。ここで新しいピラミッドが築かれようとしている。新工場の建設が急ピッチで進められる。2次サプライヤーがインドネシアに押し寄せている。野口製作所の加藤社長も足がかりとなる生産拠点を探し始めた。現地のピラミッドに加わるためには一刻も早く生産をはじめなければならない。交渉相手はいくつもの会社を経営する華僑で他にも打診があると値段を釣り上げ、交渉は難航した。加藤社長は成功させなければならず失敗は考えていないと話す。

野口製作所の加藤社長は57歳。創業は23年で165人の従業員が働いている。自動車のエンジン周りに使用される金属部品を製造する。作られた部品は1次サプライヤーに納められエンジンの重要なパーツとなる。3万点もの部品が1次サプライヤーを経てトヨタに集められ自動車は完成する。今までトヨタの方針に沿って徹底的にコストダウンを進めてきたが2011年度は赤字になってしまった。オーナーの野口会長は大手メーカーで辣腕を振るっていた加藤社長を引き抜き舵取りを任せた。トヨタの二次下請けになったのは昭和30年代。受注は毎年10%ずつ伸びていった。

加藤社長は現地の第1サプライヤーを周り、取引の相談を始めた。仕事をもらえるものだと考えていた社長だがサプライヤーは値段重視でクールな反応と話した。インドネシアで1次サプライヤーのデンソーは現地調達が進み部品の価格が下がっていたのだった。リーマン・ショック後に貼りだされたスローガン「すべてはインドネシアで作らなければならない」。できるだけインドネシア人だけで運営し幹部も大幅に増やす方針。電気工学から作法までを徹底的に教えこませる。

1次サプライヤーのデンソーは現地の2次サプライヤーの育成にまで乗り出していた。現地調達かチームが編成され部品を供給することになった現地の企業は120社。野口製作所がインドネシアのピラミッドに入り込むのは難しくなっていた。インドネシアではそれなりの競争が始まっていた。トヨタ自動車の副社長は新興国での競争に勝つにはこの流れは避けられないと話す。ピラミッドには現地企業も参入。日本から進出した企業は厳しいコスト競争にさらされることになる。

新興国へと向かう二次サプライヤーの動きは三次サプライヤーへと及んでいる。汐見塗装はおよそ野口製作所など10社の部品の調達を行っていたが、業績が悪化し廃業へと追い込まれた。創業から地道に受注をこなしてきたが、震災と円高、新興国へのシフトチェンジに対応できなかったのが原因だと社長の鎌田氏は語る。野口製作所を支えた下請けの脱落に加藤社長は危機感を強める。

どこよりも大量の仕事をもらえたのはトヨタピラミッドだった。トヨタピラミッドとはトヨタを頂点に下請けの部品メーカーがサプライチェーンを形成する生産システムのこと。トヨタと直接取引する1次サプライヤーは約400社。大企業が多くトランスミッションやブレーキなど主なパーツを手がける。そこに収める2次サプライヤーや約3000社あり野口製作所はその1社。3次サプライヤー以下は約2万社とされ2次の部品の加工などを行う。ピラミッドの一員になれば上位のサプライヤーから次々と仕事が舞い込み会社の成長は約束されたも同然だった。4年前のリーマン・ショックから1次サプライヤーからの注文が半分位へった。

ライバルとの激しい競争にさらされるトヨタだが、国内の技術革新を強力に押し進めている。日本で生み出した技術革新を海外のピラミッドへとあてがい、海外での戦いを有利に展開したいという算段だ。トヨタの生産方式を参考に、一次サプライヤーの中央発條はそれまでの大掛かりなラインから転換し、コンパクトラインへとシフトチェンジを進行した。中央発條の髙橋社長は、少量小規模生産で採算が採れるようなモノ作りを実現していくことこそが活路であると考える。トヨタ自動車の新見副社長は、グローバル化のなかで、ピラミッドの総力を挙げて、スピーディーかつ低コストを推進すべきだと弁じた。

原因はトヨタの国内生産台数の減少。最盛期は世界での生産の半分にあたる420万台だったが300万台にまで激減したのだった。トヨタが世界一になってそれから坂を転がり落ちるように日本の自動車業界が落ちてきている。特に国内は燦々たるもの。取引先には厳しく値引きを求めてくる所もある。仕事が減る中ただ言われるがままに応じては経営が立ち行かなくなる。国内ではかつてのような売り上げは見込めなくなった。

技術革新が一次、二次のサプライヤーにつきつけられるなか、野口製作所の加藤社長は工場買収の詰めの交渉のためインドネシアへと赴いた。 調印式の日取りが決定したあと、視察先の工場で労働組合のリーダーは賃金アップを念頭にストライキの実行をほのめかしていた。不安があっても少しでも早く海外進出する道を選択するのか、それともまた振り出しに戻るのか、加藤社長の究極の選択を迫られるなか、最終的には、これ以上の遅れを危惧し、前者を選択したのだった。

インドネシアに進出するしかないと決めた加藤社長は国内の従業員のリストラを検討し始めた。インドネシアに製産をシフトするため国内の生産を縮小する。現在の従業員数は165人で海外に拠点ができれば40人分の仕事がなくなると試算した。社長は海外で活躍を期待する若手を呼び一気に管理職に抜擢することを告げた。その一方で課長や係長を平社員に降格する人事を行った。従業員に危機感を植え付ける狙いもあった。社長はみんなで頑張ることは理想だが変化が早すぎるとはなした。

5月25日、新興国全体の生産能力を国内並みまで増強すると発表した。新見社長は、国際市場で戦っていく集団であるためのチャレンジをし続けると話す。一方、野口製作所の加藤社長は、本格的に国際舞台に参入するためヘッドハンティングで新たな人材を取り込み、この舞台で生き残りを賭ける。かつてない変革の嵐の中、モノ作り大国・日本は、存亡の岐路に立っている。

キーワード
トヨタ自動車
フォルクスワーゲン
ヒョンデ自動車
インドネシア共和国
豊田市(愛知)
汐見塗装
リーマン・ショック
インドネシア
トヨタ

エンディング (その他)
21:48~

エンディング映像。

  1. 前回の放送
  2. 6月10日 放送
  3. 次回の放送