かんさい熱視線 不屈の男〜本田圭佑 W杯への闘い〜

『かんさい熱視線』(かんさいねっしせん)は、2008年4月4日より近畿地方のNHK総合テレビジョンで放送されているNHK大阪放送局制作の地域情報番組である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年5月11日(金) 19:30~20:00
放送局 NHK総合大阪

番組概要

オープニング (その他)
19:30~

メキシコの標高2400mの高地。そこでは本田圭佑が自らの身体を限界に追い込んでいた。本田は”過去の男”、”都落ちした男”と囁かれながらもW杯出場を諦めていなかった。これまで日本代表の中心選手として活躍し、4年前にイタリアの名門クラブに入団して背番号10を託されて期待を集めた。しかし結果を残せず去年退団し、日本代表からも外れる屈辱を味わった。代表チームはW杯を目前に監督交代と混迷を極めている。それでも本田選手は自らを鼓舞し、諦めていない。

キーワード
ワールドカップ
W杯 南アフリカ大会
メキシコ

不屈の男〜本田圭佑 W杯への闘い〜 (バラエティ/情報)
19:32~

本田選手の所属するクラブであるパチューカはこれまで日本では知られてこなかったメキシコリーグのチームである。7か月前にイタリアの名門のACミランから移籍した本田選手は、都落ちと囁かれていた。しかし本田選手に落ち込んだ様子はなかった。取材を始めて3日目、メキシコにいる現状について尋ねた。本田選手はパチューカに来たのが都落ちというのは明らかなことで、ミランでの3年半の挑戦の結果だとしたうえで、自分がまた成長できる挑戦をしたいと思って選んだと話した。

この日、本田選手はチーム練習を終えた後もグラウンドに残り、高地という環境の中で徹底的に走り込んで心肺機能を徹底的に鍛えていた。今年で32歳になる中、世界を相手に闘うためにトレーニングを重ねている。本田選手はチームにとって欠かせない存在になっていて、シーズン後半はほぼ全試合で先発出場している。大事な場面でもフリーキックを任され、見事に期待に応えていた。本田選手を支えているのはかつて自らが語ったW杯での優勝という壮大な目標。8年経った今も情熱は衰えていない。

海外に飛び出して11年の本田選手にとってパチューカが初めての中米のチーム。今の取り組みに対して情熱を持って取り組めているのは間違いなく、自分の人生ではなかった感覚を感じていると話した。スポーツメーカーの広告撮影の合間、本田選手はボールをペットボトルに当てるゲームを始めた。ゲームであっても一生懸命で、負けず嫌いで何事も簡単には諦めない性格なのがよくわかる。その原点は生まれ育った大阪での少年時代があり、小学校の卒業文集では”世界一のサッカー選手”になると書いていた。同年代で突出した選手ではなかったが、兄や先輩たちに加わってサッカーの技術を磨いていった。その後ガンバ大阪のジュニアユースに合格し、プロのサッカー選手になる夢を追い続けた。

本田選手は夢を追い続ける大切さを子どもたちにも伝えようとしている。6年前に地元である関西でサッカースクールを立ち上げた。この日、子どもたちに人一倍逆境を経験し、それを跳ね除けてきた自分の信念を熱く語った。技術だけでなくサッカーと向き合う姿勢を教え、サッカー少年を勇気づけている。12歳の小林龍平君は練習中に自分よりも上手い相手に挑むことを心がけている。夢はヨーロッパの強豪クラブで活躍することで、そのきっかけの一つが「未来のことなんて誰にも分からない中で信念だけが支えになる」という本田選手の言葉だった。本田選手は自分の言葉を信じてくれる子どもたちのためにも再びW杯の舞台に立ちたいと考えている。

W杯まで4か月に迫った2月下旬、日本代表選考は佳境を迎えていた。この日、日本代表コーチの手倉森誠さんが視察に訪れていたことから、本田選手にはいつになく緊張が走っていた。目的は1か月後に迫った海外遠征の選手選考で、ここで認められなければ代表入りは困難になる。司令塔としての役割をアピールし、自分が中心となって見方にパスを出していた。これまでも本田選手は日本代表の司令塔として活躍し、次のW杯でも司令塔として代表に貢献したいと考えていた。

手倉森コーチが見つめる中で行われたメキシコリーグの試合では、本田選手は序盤から何度もボールを求めてチャンスを作り出そうとした。しかし中々得点につながらなかったが、終盤のPKを任され得点を決めた。試合後、手倉森コーチは司令塔としてチームを引っ張る本田選手の姿勢を高く評価した。3月下旬、W杯前最後の遠征のメンバーの中に本田選手の姿があった。代表にとってW杯本番を想定した大事なウクライナとの親善試合で、本田選手は自ら攻撃の中心になろうとパスを求めるが、ボールを前に出せなかった。前線に出してもパスはつながらず、無念の途中交代と結果を残すことができなかった。チームは惨敗し、直近10試合でわずか3勝と低迷していた。本田選手が取材に応じたのは試合から5日後のことで、この時初めて代表入りについて初めて弱気を見せた。

先月9日、日本サッカー協会は代表監督の交代を発表した。W杯まで残り2ヶ月の中で行われた前代未聞の出来事だった。しかし本田選手は諦めておらず、ツイッターで「It’s never too late」とつぶやいた。失意の代表戦から3週間、メキシコリーグには再びボールを必死に追いかける本田選手の姿があり、司令塔としてのパスが冴え渡っていた。本田選手は4月に4試合で3得点を挙げた。「自分が選ばれたときにこういうプレーをして日本を勝利に導く」ことを意識していて、それを証明するためにW杯に選んでほしい、ロシアのピッチ上での自分の生き様を見てもらいたいと語った。新たな監督の決まった日本代表は急ピッチでチーム作りが進められている。W杯最終メンバー23人は今月31日に発表される。

キーワード
パチューカ
ACミラン
W杯
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