ニッポン千年のだし 京都大阪ハリウッド沖縄パリ 北海道昆布が結ぶ絆の物語

放送日 2018年2月25日(日) 15:00~16:24
放送局 毎日放送

番組概要

オープニング (その他)
15:01~

オープニング映像。

ニッポン千年のだし (バラエティ/情報)
15:02~

江戸時代、北海道から昆布などの海産物を運んだ北前船。北前船の寄港地のひとつだった福井県・敦賀市にある奥井海生堂は永平寺に昆布を治める御昆布司を務めている。昆布を細工して菊の花を作り、ごま油で揚げた菊花昆布は永平寺の特別な食前を彩る。奥井海生堂が主に扱うのは利尻島と礼文島で採れる利尻昆布。利尻昆布はきりりとした旨味と透明感に優れた出汁は京都の料理人が好んで使う。奥井海生堂の蔵囲には熟成昆布がある。同じ利尻昆布でも熟成期間によって味が異なる。1年熟成は昆布の香織が強い、3年熟成は香りが弱くなり甘み、旨味が強調される、10年熟成は香りはほとんどしないという。

京料理木乃婦の高橋拓児さんは毎朝、魚を選ぶために京都市中央卸売市場をめぐる。高橋拓児さんは利尻昆布は上品な旨味と香りのバランスがとてもいい、目立たず素材を浮き上がらせてくれるような存在だという。日本人が1000年をかけて育んだ食の文化は具材の持ち味を引き出すのが出汁。デンマークからやってきたキャスパーさんは木乃婦で修行をはじめて2年。高橋さんに指摘をされながら、鯛を3枚におろす。キャスパーさんはヨーロッパの人たちに和食を食べてもらい、日本の文化に触れてほしいと話す。

キーワード
奥井海生堂
菊花昆布
永平寺
南越前町(福井)
敦賀市(福井)
利尻島
礼文島
京都市中央卸売市場
京料理 木乃婦
御椀 ズワイガニ真丈
フカヒレ胡麻豆腐鍋
一枚ウニ・アワビ 出汁ジュレ

ニッポン千年のだし (バラエティ/情報)
15:15~

北海道江差町の旧中村家住宅は江戸時代から昆布を扱ってきた海鮮問屋の建物。四ツ倉典滋准教授は25年昆布の研究をしている。四ツ倉准教授は美味しいだしが出る昆布は世界中で北海道とその周辺しかないという。北海道の代表的な昆布は真昆布、羅臼昆布、利尻昆布、日高昆布とあるが、ほとんど成分や遺伝子は変わらないという。生育環境によってカタチや味などの特徴が決まる。人間が生まれて初めて口にする母乳と昆布の成分は同じだという。まコンボ

アメリカ・ハリウッドのセレブが美と健康を維持するために注目するのは昆布。西邨マユミさんはマドンナ、ミランダ・カー、ブラッド・ピット、スティング、アル・ゴア元副大統領など、世界中のVIPからパーソナルシェフとして絶大な支持を集める。西邨さんのマクロビオティックという食事法は動物性蛋白質を摂らずに、穀物・有機野菜・昆布などの海藻を中心とした食事。マドンナのスペシャルデイを飾ったのは昆布とひよこ豆と野菜のアスピック。昆布は出汁としても具材としても使う。マドンナの結婚式振る舞った一皿でもある。世界中を周る西邨さんは世界で昆布は受け入れられていると話した。

フランス・パリで有名な日本人の一人である辻口博啓さんは日本を代表するショコラティエ。チョコレートにこれまでにない世界感を重ね、驚きと感動を与えるのが辻口さんのスタイル。パリで開かれるサロン・デュ・ショコラは世界最大のチョコレートの祭典。辻口さんは2013年から5年連続で最高評価のゴールドタブレットを受賞し、2017年には外国人部門の最優秀賞をダブル受賞した。辻口さんが目指すのは日本人にしか作ることができないクールなショコラで、出会ったのは昆布だった。人間が生まれて初めて口にする母乳と昆布の成分は同じだという。辻口さんは懐かしさを呼び覚ますDNAショコラを作った。デザインは海の中の昆布をイメージした。辻口さんは日本のし素材をいかして世界のカカオと組み合わせるかが自分の強みだと話した。

キーワード
江差町(北海道)
マドンナ
ミランダ・カー
ブラッド・ピット
スティング
アル・ゴア元副大統領
マクロビオティック
昆布とひよこ豆と野菜のアスピック
ハリウッド(アメリカ)
サロン・デュ・ショコラ
ゴールドタブレット
ルショコラドゥアッシュ 銀座本店
パリ・フランス
銀座(東京)

ニッポン千年のだし (バラエティ/情報)
15:26~

明治維新から150年がたつ。昆布がなければ明治維新は実現しなかったという人もいる。鹿児島にある山形屋百貨店。毎年11月に北海道物産展が開かれる。山形屋の日高部長は、昆布が好評だという。鹿児島昆布と言われるのが貝殻島の昆布だとのこと。尚古集成館では、江戸時代末期、アジア初の近代工場群がつくられた。大砲や鉄砲などが作られ、イノベーションを成し遂げた。薩摩藩主・島津斉彬が、富国強兵の風を吹き込んだ。中国との昆布の密貿易を行ったという。長崎に限って貿易をしていた江戸幕府を出し抜くものだった。西郷南洲顕彰館の徳永さんは、中国に幕府よりはやく売り込むことを上手くやったという。密貿易を可能にしたのは、富山のくすり売りの存在だった。くすりを売らせるかわりに、昆布をおさめさせた。富山にはない昆布を北海道に仕入れに行き、北前船で薩摩へ運んだ。富山藩としては中国から、いい薬草がたくさん入ってきて、よいクスリをたくさん作ることが出来たという。

かつて琉球王国だった沖縄県。すごい量の昆布を中国に運んだ。船の中は昆布だらけだった。多い年には300トンの昆布が中国へ渡っていた。密貿易が支えた薩摩の近代化。そして、明治維新が遂げられた。北海道から運ばれた昆布は、琉球料理にも活かされた。昆布巻きに使われている。山城こんぶ店は市場の顔とも呼べる存在。沖縄の昆布はダシをとりながら食べる昆布だという。乾燥した昆布は沖縄ではあまり見かけない。ほとんどが量り売りだ。ゆくい処石だたみでは、クーブイリチーというメニューがある。昆布の炒め煮だ。ソーキ汁、ジューシーと呼ばれる炊き込みご飯、足ティビチもある。最近では伝統的な料理を食べることは少なくなった。うりずん泡盛古酒と琉球料理という店では、伝統的な昆布が入った料理が食べられる。

キーワード
山形屋百貨店
貝殻島
西郷南洲顕彰館
富山市民俗民芸村 売薬資料館
池田屋安兵衛商店
富山市(富山)
鹿児島市(鹿児島)
首里城
琉球料理 美栄
那覇市第一牧志公設市場
山城こんぶ店
ゆくい処 石だたみ
クーブイリチー
うりずん 泡盛古酒と琉球料理
トゥンダーブン
クーブマチ
ソーキ汁
ジューシー
足ティビチ
中国
昆布

ニッポン千年のだし (バラエティ/情報)
15:38~

創業180年の「村上重本店」はお漬物専門店。作業をしている岡本好弘さんは千枚漬けの最中。本漬けは塩と昆布だけ。昆布とカブを交互に乗せる。コクと旨味を根昆布から出す。夏菜がお願いして千枚漬けを試食させてもらった。

創業238年の鯖姿寿司専門店「いづう」でも昆布が欠かせない。鯖寿司は魚がとれない京都では貴重な保存食だった。お祭りになるとそれぞれ家庭で鯖寿司を作り、ご近所にも振る舞ったという。京都では人々の祭囃子に寄り添うように 昆布のだしが染み渡る鯖寿司の味わいがある。

昆布と京都のつながりには千円を超える歴史があり、その長い時を経て世界でも類を見ないだしの文化が築かれた。京都ではいまも昆布が大切なものとして扱われている。「妙心寺」は臨済宗妙心寺派の大本山。その中にある東林院の住職・西川玄房さんは精進料理を分かりやすく教える料理本や料理教室を開くなど、精進料理を多く開くの人に伝える先生でもある。季節に出回る近辺で採れる素朴な材料を使って、素材に対する思いやり、無頓着に捨てることなく活かす工夫をするために作る、食べる努力をするのが精進料理の心であると玄房さんは語る。

きのこのいしずきは包丁でちぎらずに手でちぎる。昆布の湯たき汁(だし)は材料を美味しく食べるために手を加えた時、例えばしいたけ・昆布などを味付けする前に湯たきし、そのときに出た汁をだしとして活用する。だしを使うのはもったいないから捨てずに活かそうという気持ち、そこから始まったのだという。昆布のだしで下味をつけた冬瓜を油で揚げる。昆布の細切りは精進料理でよく使うという。きょうは長芋と合わせて酢の物に。精進料理が完成し、合掌していただく。夏菜が「冬瓜の揚げ田楽」「きのこの山かけ」「細切り昆布と長いもの酢の物」や、妙心寺ではお祝い事でしか使っていないという謂れのある「蛇腹昆布」を食した。

老舗の昆布屋が店の隣で始めたのはだしカフェ&バー「おこぶ 北淸」。夏菜はまずは昆布のおだしからいただき、おこぶのだし茶漬け定食を食すことに。とろろを乗せただし茶漬けで、様々なトッピングができる。

キーワード
村上重本店
いづう
妙心寺 東林院
妙心寺
精進料理
昆布
京都府
蛇腹昆布
しいたけ
冬瓜
長芋
冬瓜の揚げ田楽
きのこの山かけ
細切り昆布と長いもの酢の物
千枚漬け
カブ
根昆布
おこぶ北清 だしカフェ&バー
おこぶのだし茶漬け定食
とろろ
白板昆布巻き
おだしのポテサラ
おこぶクリームチーズ盛り合わせ

ニッポン千年のだし (バラエティ/情報)
15:50~

富山市八尾町ではおわら風の盆が毎年行われる。富山県を代表するお祭りだ。ひさしぶりに家族と囲むごちそう。サスの昆布締めが食卓に並ぶ。羅臼昆布と富山。作業場は甘い香りであふれる。おぼろ昆布が出来上がっていく。口の中には後味だけが残る。富山県でしか流通していない黒とろろ昆布。甘酸っぱい味だ。富山県のおにぎりは海苔より昆布をまぶす。昆布巻きかまぼこも、おなじみだ。分厚い昆布の下から野菜が出てきた。野菜の昆布締めだ。風の北前やのご主人は、豆腐の昆布締めはなめらなかチーズの味だという。

羅臼昆布は、知床半島で育つ。流氷が残していったのは無数のプランクトン。生き物が暮らす豊穣の海だ。羅臼昆布は富山と深いつながりがあるという。四十物こんぶでは、らうす昆布を扱っている。富山県と北海道羅臼との関係とは何か。昔は長男を残して北海道へ出稼ぎに行ったという。根室から北方領土、歯舞群島、色丹島、羅臼町に開拓が延びていった。開拓したのが生地の人だと四十物こんぶの社長はいう。羅臼町の7割は、ここ越中富山の黒部市・生地の人たちだとのこと。北方住宅前というバス停がある。戦後、北方領土から引き上げてきた人たちはここで暮らしていた。

生地から水晶島へ渡った吉田義久さん。コンブ漁がはじまると学校を休んで働いたという。生活の糧をうるために行った。競争だったと吉田さんはいう。戦争で島は占領された。富山の人たちには、羅臼昆布への特別な思いがある。

キーワード
おわら風の盆
扇子昆布店
風の北前や
カジキマグロ
サスの昆布締め
とろろ昆布
黒とろろ昆布
野菜の昆布じめ
八尾町(富山)
高岡市(富山)
四十物こんぶ
生地(富山)
根室市(北海道)
羅臼町(北海道)
歯舞群島
色丹島
水晶島
富山県
羅臼昆布
梅かま

ニッポン千年のだし (バラエティ/情報)
16:01~

日本で唯一創建当時の姿を残す中華会館「函館中華会館」。この建物が北海道函館市にある理由も昆布とは深いつながりがある。この建物は函館の華僑たちが自分たちの商業で使うところや信仰のために使う場所として1910年に中国から職人と材料を運んで作ったものとされる。北海道はもともと昆布の生産地で、室町時代から昆布を本州へ送っていた。ペリーがやってきて、函館が貿易港になると、函館で昆布が買えるということで中国人がやってくるということになった。昆布・フカヒレ・干したナマコ・干した鮑を欲しがっていた中国人。昆布以外は高級食材だが昆布は庶民の食材で、甲状腺の病気に効くとされていた。明治~大正期になっても昆布貿易は拡大していって、大正7年には函館港全体の約7割が昆布で占めていた。それが北海道開拓の大きな原動力になって、沿岸部の開発がどんどん進んでいく。

北海道函館市の南茅部川汲浜は古くから京都・大阪へ運ばれた真昆布のふるさと。ロープを手繰り寄せて引き上げられたのは養殖真昆布。その技術は昭和40年代に本格的な養殖事業が始まり、ここ南茅部ではじめて成功。いまでは天然昆布を上回る量が水揚げされている。上品な甘みのあるだしが出る昆布はこの川汲浜や尾札部浜などで採れたものが特に最高級品とされた。大阪・こんぶ土居の四代目・土居純一さんは毎年夏になると漁師さんとともに昆布漁の作業をする。この夏で14年目になる。北海道から北陸をまわり、下関から瀬戸内海を通って約3カ月、北前船が目指した終着点は天下の台所と言われ、日本中から食材が集まる大阪だった。くいだおれの街のお気に入りは昆布だし。京都のはんなりに対して大阪はまったり。色は薄く見えるがたっぷりとだしが効いた濃厚な味わい。大阪名物のたこ焼きもたっぷりとだしを効かせて、何もつけずにいただくのが通なんだとか。

こんぶ土居四代目・土居純一さんは毎年北海道の昆布の産地を訪れるのは父親の成吉さんの代から。昆布の品種やにおい、色などを評価して100点満点で点数をつける採点表。成吉さんは40年ほど前から昆布の品質のムラが気になりだし始め、何年も採点を続けるうちに重大なことに気づいた。それは昆布の乾燥の状態、乾燥の仕方が品質のムラになってくることがわかってきた。昭和40年代に日本ではじめて昆布の養殖に道筋をつけると収穫量は一気に増えた。浜には大量に収穫された昆布を効率よく乾燥させるために乾燥機が導入された。吉村良一さんは「ただ乾燥させればいいという漁師の人達の認識もあった。点火時と消火時に煙が出る。昆布に染み込んでいると匂いが出て来る。そういう現象が過去にあった。どうやったら川汲の人と仲良くなれるのかというのが土居さんの先代の思いだった。色んな話し合いをずっと続けてきた」など語る。

それ以来30年以上も交流が続いた。大切にしてきたのは川汲浜の人との絆。川汲浜で天然の真昆布漁が始まった。養殖昆布の技術は飛躍的に向上し、漁業者の収入は安定した。それでも天然の真昆布はこの浜の象徴的存在。浜の誰もが格別な思いを持つ。昆布漁が一段落した10月、土居純一さんが真昆布の産地にある小学校を訪問した。純一さんの父・成吉さんが19年前から始めた昆布の浜の小学校での食育授業。4年前から純一さんが引き継いだ。この日味噌汁に使ったのはこの浜で採れた真昆布。大阪に運ばれ、こんぶ土居で2年間熟成されたもの。純一さんは「やはり未来を考えないといけない。未来を考えるのは誰かとなったら若者であり子どもであるわけです。そういう人達とともに考えていくことを今後どんどん続けていきたい。それをやらないとやはり未来はないと思います」と話す。13年前に成吉さんが食育授業をした時、子どもたちが書いて送ってくれた手紙を見せてくれた。幼さが残る文章の中にも昆布と向き合う決意をにじませた小学校5年生の川端くん。8年後、もうすぐ20歳になる川端さんから成吉さんのもとに届いたのは昆布だった。

キーワード
ペリー
函館港
昆布
フカヒレ
ナマコ
函館(北海道)
こんぶ土居
うどん無双
たこりき
真昆布
南茅部(北海道)
下関(山口)
長堀橋(大阪)
瓦屋町(大阪)
川汲浜
尾札部浜
谷町(大阪)
函館市立磨光小学校
味噌汁
大阪府
函館中華会館

ニッポン千年のだし (バラエティ/情報)
16:15~

今天然の昆布が少なくなってきているという。天然昆布の漁獲量は、この20年で約半分になっており、暖流が強くなっているのが原因。北海道の忍路でも異変は起こっており、深い場所の海藻が姿を消している。磯焼けが北海道の南西部を中心に広がり天然昆布の減少にも大きな影響を与えている。四ツ倉先生は海を耕して、昆布が着く場所をつくってあげることを目指しているという。しかし、昆布の種は100分の1ミリという小さなもので海の中を動き回っている。そこで閃いたのはジェル。ジェル状のセルロースという物質で昆布の種を包み込み、海の底へと運べば昆布の種が芽を出す可能性が高くなるのではと考えているという。

昆布の種をまく取り組みが北海道の沙留で行われた。四ツ倉先生と一緒に作業をするのはここで昆布漁を一緒にする人たち。赤い色をつけて、種が海底に届いたかどうかをわかりやすくする。ダイバーが1年前に種をまいた場所へ向かうと、まいているところは昆布が生えていた。四ツ倉先生は、昆布が大きな群落をつくるのはまさしく森の中にようなものだなどと話した。

キーワード
北海道大学
昆布
忍路(北海道)
沙留(北海道)

エンディング (その他)
16:21~

エンディング映像。

スポット

グルメ

山城こんぶ店
四十物こんぶ
こんぶ土居
奥井海生堂
琉球料理 美栄
那覇市第一牧志公設市場
うどん無双
梅かま
京料理 木乃婦
ゆくい処 石だたみ
扇子昆布店
いづう
ルショコラドゥアッシュ 銀座本店
風の北前や
村上重本店
うりずん 泡盛古酒と琉球料理
おこぶ北清 だしカフェ&バー
たこりき

スクール/教育

北海道大学

レジャー/交通

西郷南洲顕彰館
函館港
首里城
富山市民俗民芸村 売薬資料館
函館中華会館

宗教

妙心寺 東林院
永平寺
妙心寺

流通

山形屋百貨店

美容/健康/医療

池田屋安兵衛商店
  1. 2月25日 放送