映像’18 希望の果てに〜分かれ道をゆく政治家たち〜

放送日 2018年3月19日(月) 0:50~ 1:50
放送局 毎日放送

番組概要

オープニング (その他)
00:51~

オープニング映像。

希望の果てに~分かれ道をゆく政治家たち~ (バラエティ/情報)
00:51~

2016年撮影した写真を紹介。3人の姿は今年なかった。22年前に民主党に参加。一度は政権を担った。民進党を解体する賭けに出た前原誠司氏。民進党から希望の党へ、その流れの中で翻弄された山井和則氏。釈明に追われた。立憲民主党へ移った福山哲郎氏。2017年の総選挙は与党の大勝で幕を閉じた。分かれ道をなぜ行くのか、京都の政治家たちからどこに向かうのか見つめてみた。

始まりは2017年9月1日の民進党の代表選挙だった。離党者ドミノが起こっていた。対立候補は、枝野幸男氏。前原氏には総選挙が近いという予感があった。代表になれば政界再編が囁かれていた。前原氏は母子家庭で育った。1993年日本新党で初当選。新しい政治の流れにいた。当時同じく初当選したのは、希望の党の小池百合子氏。2017年9月25日に安倍晋三首相は解散を表明。野党は疑惑隠し解散と野党は叫んだ。希望の党が設立された翌日前原氏と小池氏で極秘会談が行われていた。小池氏は憲法改正と安全保障政策は譲れないと主張。護憲派はさほどいないと応じた。前原氏は現実的な安全保障をとると小池氏に約束。希望の党は18%の支持率を持っていた。民進党の両院議員総会で、前原氏は希望の党への合流と民進党の解体を提案した。同じ日に政策協定書が小池氏によって作られ、後に踏み絵と呼ばれる。民主党は集団的自衛権に反対していたが、その政策を容認するのかという。運用案を繰り返し、安全保障法制に対し、最終案で憲法に則り、適切に運用するとした。若狭勝氏は、容認と、運用では大きな違いが無いと解釈を述べる。政権を担え得ると集まる性が政治家にはある。希望の党に参加した人達の経緯を若狭勝氏が語る。前原氏と小池氏は実のところ平行線で候補者選びに入ってった。しかし2017年9月29日の小池氏の発言で期待が一気にしぼむ。

枝野幸男氏は新党を立ち上げた。民進党は4つの方向に行く人で分裂した。前原氏は希望の党との合流を決めた。それが抱きついた格好となった。騙されてはいないと語る。前原代表は1強多弱の形を作ったと前原氏は言われた。民進党は党大会で合流の判断は誤りだった、国民に深く謝罪するとした。山井和則氏もまた翻弄されていく。

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毎日新聞

希望の果てに~分かれ道をゆく政治家たち~ (バラエティ/情報)
01:09~

2017年秋に安倍総理が解散総選挙に踏切り、京都6区の山井和則は希望の党公認で選挙活動に臨んだ。事務所前で「新政党に仕分けされて情けない。前原は何を考えてる、選挙に落ちたくないから希望の党にひっついて情けない。小池に縋ったのは間違い」と有権者に声をかけられた。この頃から厳しい風は吹き始めていた。児童福祉施設での活動から京大工学部から福祉研究にかじを切った山井は北欧で福祉を学び、日本に世界に誇れる福祉社会を作りたいと政治家を志した。選挙期間中は希望の党の名を口にすることはほとんどなく、彼の後援会には不安が広がっていた。山井は後援会の説明で「本音では民進党から出たかった」と述べ、小池の軍門に降ったのではなく心情は変わらないと説明した。しかし「希望の党の論評はするべきではない」との厳しい意見も。そんな中安倍総理が激戦区を制しようと山井の事務所近くに訪れた。安倍総理は「北が一方的に緊張を高める今、私達がブレてはいけない。北には屈しない」とした。排除された者たちで結成された立憲民主党が徐々に熱を帯び始める。枝野は無党派層の多い都市部を回り、「政治の主役は政治家ではなく有権者だ」と訴え続けた。

山井の事務所に投票するか迷っているという女性が訪ねてきて支援者が応対した。女性は「自民党に勝ってほしくはないが、入れた先が自民党と一緒だったら意味がない」と述べた。希望の党は憲法改正で自民党の補助勢力にならないかという危惧が拭えないという。女性は「さっぱりわからない。信頼出来なかった」と述べた。有権者を取り戻そうとするも、雲を掴むような話だった。一方日を追うごとに支持を拡大する立憲民主党。最終日には8千人近くが立憲民主党の演説に集まった。山井も遅くまで有権者に訴え続けた。しかし有権者からは「なんで希望やねん、失望した。俺等の気持ちを裏切らないでくれ」など厳しい言葉も。投票日は大型台風で有権者の出足は遅く、自民党候補に破れた瞬間、自身の信頼が崩れ去っていたことを改めて思い知った。山井は小選挙区で破れたものの小選挙区制で復活当選し議員生命は繋ぎ止めた。しかし彼の元には有権者からの封書が送られていた。中には「負けて当然、魂を売った。有権者には政治家間の柵は関係ない」等の厳しい言葉もあった。封書には住所・氏名も書かれていたため山井は返事を認めた。山井の返事は手紙を送った男性のもとに帰っていた。手紙を送った男性は教員で自ら事務所へ届けたという。政治家に手紙を出したのは今回が初めてで彼は「自分をしっかり強く持ってほしい。厳しい言葉には託す思いはあったのでは」と話した。国会に戻った山井は、有権者の信頼を取り戻すのに10年はかかると考えているので国会質疑に力を入れるが山井は「『立憲で頑張ってる』と言われ、希望だとは言えなかった。与党も僕を立憲だと思いこんでいる。大変ですよ」と話した。一方、野党第一党となった立憲民主党の福山は幹事長に就任し等の顔となる。

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宇治市(京都)
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希望の果てに~分かれ道をゆく政治家たち~ (バラエティ/情報)
01:25~

3人は民主党とともに歩んだ。外務大臣になった前原誠司氏。内閣官房副長官だった福山哲郎氏。厚生労働大臣政務官だった山井和則氏。3年前、新しい安保法制の採決に猛反発する抗議デモが行われた。与党に対し反発したのが福山氏だった。民進党の代表選で枝野氏に投票した福山氏は、悩んで立憲民主党に合流。福山氏は「枝野氏と行動を共にしてきて、お金もない、誰が候補者に来てくれるかわからない中で政党を立ち上げるのは重かった。しかし枝野氏が政党を立ち上げた時用にロゴマークを夜中に発注した。そして翌朝、政党を立ち上げる旨の連絡がきた」と話した。次の日結党会見が行われ、夜中に発注したロゴの草案を手直しして使用した。SNSで演説を流すなどし、有権者に呼びかけた。結果は55議席を獲得できた。福山氏は「排除されかかっていた我々を、枝野さんが立ち上がったことで国民の皆様が救ってやろうと思ってくれた。安倍政権の乱暴さへの不安などが寄せられたと思う」と話した。茅ヶ崎市にある松下政経塾で、前原氏ら3人は4年間学んだ。塾生は「国民からすると野党が政権を取りたいと思っているのが見える」「どの議員がどんな考え方か見えるのはいい」とコメントした。

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希望の果てに~分かれ道をゆく政治家たち~ (バラエティ/情報)
01:34~

総選挙で圧勝した自民党は、野党の質問時間を減らし、自らに優位に進めようとした。立憲民主党は希望の党との統一会派を目指し、水面下で動いていた。山井氏は「党内政局では活躍しないようにしている」と話した。希望の党との統一会派を拒み、分党しようとしている動きもあり、さらに混沌としており、その結果統一会派は流れた。前原氏は新年会で「新たなスタートが切れると思う」とコメントし、「今まとまる必要はないが、4を2にして自公政権を追い込めば、連立政権を組んで、我々が新たな山を登り始められる」と話した。福山氏はタウンミーティングを開き、市民と政策を練れる体制を整えている。福山氏は「自分たちの政策と理念を確立して、それをやっていく。それが求められていること」とコメントした。山井氏は安倍政権に立ち向かうには大きい政権が良いと語る。山井氏は「弱い立場の人の意見を言うのが仕事。大きい政権である必要性が確立されれば、近い将来同じ政権に戻るのでは」とコメントした。裁量労働制の話がまとまりつつある中、国有地の売却問題で外務省が文書を書き換えたとの報道があった。国民の信頼を集めてこその政治。国民の声を集め、政治家達はどこへ向かうのか。

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京都市(京都)
永田町(東京)
城陽市(京都)

エンディング (その他)
01:44~

エンディング映像。

エンディング (その他)
01:46~

映像’18の次回予告を伝えた。

エンディング (その他)
01:48~

エンディング映像。

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