石橋貴明のスポーツ伝説…光と影 2016年5月18日放送回

『石橋貴明のスポーツ伝説…光と影』(いしばしたかあきのスポーツでんせつ…ひかりとかげ)は、2014年からTBS系列にて不定期放送されているスポーツ系ドキュメンタリーバラエティ番組である。とんねるずの石橋貴明の冠番組。

出典:goo Wikipedia

放送日 2016年5月18日(水) 22:25~ 0:19
放送局 毎日放送

番組概要

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
22:25~

日本女子バレーは1964年から続いてきた伝統において、2000年のシドニー五輪世界最終予選で史上初となる五輪予選敗退を喫した。メディアなどからは痛烈なバッシングが巻き起こり、低身長のセッターを起用したから五輪出場を逃したと竹下佳江に批判が集中した。竹下は自著「セッター思考」で「人を殺めてしまった犯罪者のような気持ちになった」と吐露している。その後、竹下は24歳で引退を決断した。

竹下佳江は小学3年の時にバレーボールを始め、少しでも身長を伸ばそうと牛乳や小魚などカルシウム豊富な食材を積極的に摂取した。その努力は虚しくも身長は159cmでストップするも、セッターとしてのセンスは群を抜いていた。だがVリーグ関係者の間では低身長がネックだと囁かれていた。そんなときにNECレッドロケッツの葛和伸元監督は低身長を補って余りあるほどのレシーブ力、セッターとしての技術を持っていた竹下にオファーを出し、96年に竹下はNECレッドロケッツに入団。

竹下は早朝から個人練習に打ち込み、全体練習を終えても居残り練習に励んだ。当時、日本女子バレーは世界バレーで表彰台から20年近く遠ざかるなど辛酸を嘗め、97年に全日本新チームが発足。葛和伸元氏が監督に就任し、協会から大型セッターの育成という使命が課されていた。

キーワード
リオデジャネイロオリンピックバレーボール世界最終予選
シドニー五輪
セッター思考
Vリーグ
NECレッドロケッツ

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
22:36~

新たに発足した全日本では世界と渡り合うために攻撃も出来るセッターが必須だとされ、葛和伸元監督はアタッカーの大貫美奈子をセッターに転向させた。大貫は所属チームのNECレッドロケッツでも育成され、チームメイトの竹下佳江はベンチを温めることとなった。竹下はより一層練習の鬼になり、全日本は戦績が振るわなかったとあって大型セッターを断念。大貫はアタッカーに戻り、竹下は所属チームの正セッターの座を獲得。竹下の正確無比でスピーディーなトスによりチームの得点力がアップし、NECレッドロケッツはVリーグ史上初となる全勝優勝を成し遂げた。その後、葛和監督はシドニー五輪最終予選の正セッターは竹下で行くことを決断した。

キーワード
NECレッドロケッツ
シドニー五輪

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
22:42~

葛和監督はシドニー五輪最終予選の正セッターは竹下で行くことを決断するも、関係者からは身長が小さすぎる、チームとのコンビネーションをあわせる時間がないなどと非難轟々だった。監督は責任は自分が取ると説諭し、五輪予選の3か月前に竹下は全日本に合流した。

今回のテーマは「日の丸に翻弄された女たち」で、3つの悲劇を紹介する。川合俊一は全日本にいた時にチームとのコンビネーションが合うのに2年がかかり、竹下佳江に課された3か月という時間は短すぎると語った。

2000年6月にシドニー五輪 世界最終予選が幕を開け、出場国のセッターの平均身長は177cmだったが竹下佳江は159cm。だが竹下の洗練されたトスワークが全日本を勢いづかせ、竹下はブロックでも得点を奪った。全日本は初戦から3連勝するも、だが世界屈指の実力を誇る中国、イタリアに敗戦を喫した。次戦の敗北は予選敗退を意味し、日本女子バレーの歴史に汚点を残すことと同義だった。対戦相手はバーバラ・イエリッチを筆頭に平均身長185cmを誇るクロアチア。

日本は竹下佳江の早いトス回しで相手の高い壁を翻弄し、竹下はレシーブでも貢献。2セットを先取し勝利に王手をかけた。第3セットはクロアチアが奪うも、第4セットは日本がリード。選手や監督など誰もが勝利を確信するなか、クロアチアは日本の些細な気の緩みを突いた。竹下はエースの大懸郁久美にトスを集めるも、クロアチアの高いブロックが圧倒した。試合は最終セットにもつれ込み、試合の流れを握っていたクロアチアが3-2で逆転勝利。全日本の選手はロッカールームで慟哭し、竹下は言葉にならない感情の中にいたと思うと語った。日本は五輪出場を逃し、葛和監督は辞意を表明。竹下はメディア、関係者、ファンから批判を浴び、人を殺めてしまった犯罪者のような気持ちになったと自著「セッター思考」に綴っている。

屈辱の予選敗退から2年後、当時24歳の竹下佳江はNECの葛和伸元監督にバレーボールを辞めると打ち明けた。監督は五輪はもういいのかと質すも、竹下はコートを去った。

キーワード
NECレッドロケッツ
シドニー五輪
竹下佳江
バーバラ・イエリッチ
大懸郁久美
セッター思考
NEC

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
23:03~

このあとは、女子マラソン代表選考に地獄を見た悲劇のシンデレラを紹介。

24歳で引退した竹下佳江は第2の人生をスタートするためにハローワークに通い始めた。引退から2ヶ月後に友人に誘われてバレーボールの試合を観戦すると、Vリーグのチームから復帰のオファーが舞い込んだ。我々にはあなたが必要だという言葉に胸を打たれ、2002年8月に竹下は現役に復帰。全日本にも復帰し、2006年の世界バレーで日本人初のMVPを受賞。2012年のロンドン五輪で竹下は28年ぶりの銅メダル獲得に貢献した。葛和監督は最後にメダル獲得までいってくれたのは凄い嬉しいと語った。現在、竹下は全日本女子のアドバイザーとして後進の育成にあたっている。

川合俊一は全日本女子が五輪出場を初めて逃した試合を会場で観戦していて、勝利目前の時には会場全体が勝利したという雰囲気だったと語った。増田明美は竹下佳江を戦犯扱いした当時のマスコミは今のマスコミよりも厳しいですねとコメント。一度は現役を退いた竹下だが復帰し、川合は竹下がいたおかげでメダルを獲得できたって今なってると話した。

キーワード
Vリーグ
世界バレー
ロンドン五輪
竹下佳江

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
23:12~

バルセロナ五輪代表選考レースとなった大阪国際女子マラソンには残る2つの代表枠を狙い、浅利純子、松野明美など名だたる選手が出場した。35km過ぎに松野がスパートをかけるも、前を走る選手との距離がなぜか縮まらないと懊悩していた。その選手は当時20歳だった小鴨由水で、全くの無名選手だった。小鴨は増田明美に憧憬し、恵まれた体格がダイハツの鈴木従道監督の目に止まった。実業団での練習は過酷そのものだったが、小鴨は全体練習後も涼しい顔をして走り続けるほどで鈴木監督も驚いた。

小鴨由水の才能はダイハツに入部してから2年目に開花し始め、鈴木従道監督は大阪国際女子マラソンに出場させることを決断。実際は五輪を狙える逸材とされた浅利純子のペースメーカ的な存在だったが、小鴨は初めてフルマラソンに走れると高揚していた。

キーワード
山下佐知子
朝日奈三代子
浅利純子
浅井えり子
バルセロナ五輪
大阪国際女子マラソン
小鴨由水
ダイハツ

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
23:23~

1992年1月26日にバルセロナ五輪代表選考レースの大阪国際女子マラソンが開催され、世界記録ホルダーのクリスチャンセンがトップを走っていた。第2集団には浅利純子、松野明美、小鴨由水がつけ、小鴨はトップに立つと更にスピードアップ。一度も給水しないほど神懸った走りを見せ、当時の日本最高記録で優勝。初マラソンの記録としては世界最高で、バルセロナ五輪出場がほぼ確定。当時を振り返り、小鴨は五輪出場へのビジョンを持っておらず、半年後にまたフルマラソンを走らねばならないのかとネガティブな気持ちを持っていたという。

小鴨は鈴木監督から五輪で下手な走りはできないぞと指摘され、周囲からの期待に戸惑いすら覚えるようになった。そんな中、バルセロナ五輪の代表争いは残る1枠を巡って熾烈を極めていった。

キーワード
浅利純子
バルセロナ五輪
大阪国際女子マラソン
クリスチャンセン
松野明美
山下佐和子
有森裕子

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
23:33~

バルセロナ五輪の代表争いは残る1枠を巡って激烈を極め、ワイドショーなどでも連日特集が組まれた。代表となったのは小鴨由水、暑さに強いという理由で有森裕子となり、選考レースでタイムが上回っていた松野明美は落選。五輪まで4か月と迫るなか、監督は練習の場をアメリカへと移した。だが過度なプレッシャーなどから小鴨のタイムは一向に上がらず、本番2ヶ月前に開催された壮行会を兼ねた記録会でも走りに精彩を欠いた。

キーワード
バルセロナ五輪
松野明美
有森裕子
明石市(兵庫)

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
23:39~

バルセロナ五輪まで残り2か月と迫るなか、心労がピークに達した小鴨はアメリカ合宿中に母親に走るのが楽しく無くなったと電話で打ち明けた。その数日後に小鴨は鈴木従道監督に五輪を辞退したいと胸中を明かした。

このあと、前代未聞の大騒動。 一体何が!?

増田明美は小鴨由水さんは性格が優しすぎ、監督、周囲からの期待に応えようとして追い込まれてしまったと声を詰まらせながら語った。増田自身もロサンゼルス五輪の直前合宿で高校生に負け、壮行会に出席せずに10時間行方をくらませたという。

アメリカ合宿中に小鴨は鈴木従道監督に五輪を辞退したいと申し入れたところ、日本から父・立郎さんと中学時代の恩師である荻野先生が駆けつけた。先生は大阪国際女子マラソンで優勝したご褒美だと思って出場すればいい、記録も大事だが精一杯の力で楽しんで走ればいいと温かい言葉をかけた。小鴨は出場を決意した一方、日本では小鴨の辞退発言が報じられて大騒動が勃発。陸上連盟は小鴨の代表辞退を正式に否定するも、鈴木監督は練習内容から判断するに小鴨は勝負できる状態ではなかったという。

キーワード
バルセロナ五輪
小鴨由水
ロサンゼルス五輪
大阪国際女子マラソン
陸上連盟

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
23:49~

バルセロナ五輪が開幕、様々な苦難と向き合い小鴨由水はこの地に辿り着いた。レーススタートで、小鴨は勢い良く飛び出した。しかし快調な走りは20キロまでで、次々と後続選手に追いぬかれた。その一方で有森裕子はデッドヒートを繰り広げ日本女子初の銀メダル、山下佐知子も4位と健闘。そして小鴨は29位と惨敗した。

世間からはなぜ、調子の上がらない経験の乏しい選手を出場させたのか、所属会社や監督を批判する声もあった。そして実家にも嫌がらせがあった。小鴨由水は自宅に引きこもるようになり、オリンピックから半年後、早すぎる引退を宣言。引退後もしばらくは自宅に引きこもる状態が続き、ストレスから暴飲暴食が止まらず体重は20キロも増加した。

あれから24年、小鴨はパン職人と結婚し2人の息子に恵まれ幸せな生活を送ってきた。24年前、1年の間に光と影を味わった小鴨を癒やしてくれたのは、マラソンに関心のない男性だった。しかし、ご主人も2年前に仕事中に倒れ急死した。ご主人の死をきっかけに家族を亡くした人達の力になれればと保険の仕事を始めた。そして、一度は嫌いになったマラソンも、今はスクールを開き走る楽しさを教える立場になっている。24年前のあの日々について今は、すごく大事な半年間で大切にしていきたいと語った。

増田明美はあの状況のなか29位で完走した小鴨由水は、立派だった。彼女のマラソン人生には、強さも弱さも優しさも性格が出ていたと話した。

女子サッカー元日本代表の荒川恵理子は代表通算20ゴールでエースストライカーとして多くの国際大会で活躍した。しかしなでしこが最高に輝いた2011W杯優勝には、荒川の姿はなかった。日本中がなでしこフィーバーで沸き立つ一方で、荒川はアルバイト生活を続けていた。荒川は2004年アテネ五輪アジア最終予選、北朝鮮戦で先制ゴールを決め日本をアテネに導いた。この頃女子サッカーはまだ世界に歯が立たなかった時代でアテネへの切符は快進撃の始まり。そしてアテネ五輪では後のトレードマークとなるアフロヘアーにした荒川、強豪スウェーデン戦で決勝ゴールを決め日本初のベスト8に導いた。その後もなでしこジャパンの躍進を支えた。

キーワード
バルセロナ五輪
小鴨由水
有森裕子
山下佐知子
澤穂希
アテネ五輪
北京五輪
なでしこジャパン

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
00:07~

日本代表エースとして活躍した荒川恵理子は、北京五輪以降は度重なるケガで代表から外れることが増えていた。しかし2011年、あのW杯4ヶ月前に実績をかわれ日本代表復帰を果たす。だが、W杯直前、全治7ヶ月の疲労骨折により、W杯は絶望的となった。自分のいない代表チームが世界一となり、荒川には複雑な思いが渦巻いた。あの日を境になでしこの環境が一変し、仲間たちがプロ契約を勝ち取っていった。その一方で、かつて日本代表を牽引した荒川はサッカーだけでは生活できず、アルバイト生活を続けていた。2011年以降もケガが重なり、代表に復帰することはなかった。

キーワード
川澄奈穂美
大野忍
2011 FIFA女子ワールドカップ
北京五輪

日の丸に翻弄された女たち (バラエティ/情報)
00:14~

2011 FIFA女子ワールドカップから5年、荒川恵理子は今も現役選手としてピッチに立ち続けていた。なでしこリーグ2部のちふれASエルフェン埼玉で、なでしこリーグ20チーム中、最年長プレヤーとしてボールを追いかけている。去年の末、チームスポンサーの支援でサッカーだけに専念できる環境を手に入れた。今はチームの1部昇格が最大の目標。あのケガがなかったら、こんなに長くサッカーをやってなかったと思うと荒川は語った。

個人をここまで掘り下げる番組はない。スポーツに打ち込む姿勢と人生は隣り合わせだと感じたなどと感想を述べた。

キーワード
2011 FIFA女子ワールドカップ
ちふれASエルフェン埼玉

スポット

この番組で紹介されたアイテムは登録されていません。
  1. 5月18日 放送
  2. 次回の放送