中居正広の金曜日のスマイルたちへ 2017年5月19日放送回

『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(なかいまさひろのきんようびのスマイルたちへ)は、2001年10月19日からTBS系列で毎週金曜日の20:57 - 22:00(JST)に放送されている中居正広の冠番組で、女性をターゲットに毎週さまざまな内容で構成されている情報・教養バラエティ番組。通称は『金スマ』。新聞ラ・テ欄では「中居正広の金スマ」ではなく「中居正広のキンスマ」と表記されることがある。開始当初から長らく番組名は『中居正広の金曜日のスマたちへ』だったが、2016年2月12日からは『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』へと改題した。改名理由については諸説ある。2016年4月1日より3分繰り上げ・9分拡大し、20:57 - 22:00の放送となった。これに伴い、直後の『金曜ドラマ』との接続はステブレレスに変更された。2017年10月より、TBSテレビはフライングスタートをしない方針になったが、当番組は変わらず20:57放送開始となっている。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年5月19日(金) 20:57~22:00
放送局 毎日放送

番組概要

金曜日のリクエスト 芳村真理 (バラエティ/情報)
20:57~

ゲストの方にもう一度会いたい歌手・聞きたい曲をご紹介する新企画がスタート。

スタジオにゲストの芳村真理が登場。芳村真理は現在82歳、とても健康そうに見えるが特に何もしていないという。「夜のヒットスタジオ」の司会として活躍していた。

芳村真理は「夜のヒットスタジオ」の司会を20年つとめ、芸能生活57年の大ベテラン。1935年の東京生まれ、幼少期には第二次世界大戦を経験し戦後はファッションモデルの先駆けとして活躍。その後、女優業に転身、1966年に朝の情報番組で司会者に抜擢されると才能が開花、様々な番組で司会を担当した。1968年、33歳で夜ヒットに抜擢、華やかな衣装が話題となった。プライベートでは1966年に実業家と結婚した。

2014年、芳村は健康診断をうけたところ動脈が風船のように膨らむ「動脈瘤」と診断された。幸いにも早期発見だったため動脈瘤も小さく、大事には至らなかった。この病気がきっかけとなり人生について考え直した。そんな芳村から2つのリクエストがあり、1つ目が「もう一度、西城秀樹に会いたい」、2つ目は「テレサ・テンの歌声を聞きたい」というもの。西城秀樹の伝説を今の人にも知ってもらいたいのだという。

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夜のヒットスタジオ
第二次世界大戦
東京警備指令 ザ・ガードマン
MORIMORIネットワーク
動脈瘤
報知新聞
毎日新聞
テレサ・テン
西城秀樹

金曜日のリクエスト 芳村真理 (バラエティ/情報)
21:10~

芳村真理が会いたいと豪語する西城秀樹。ヒデキの愛称で情熱的な歌い方とワイルドな見た目で魅了、デビューしたのは1972年、日中国交が正常化し2頭のパンダが贈られた時代だった。「恋する季節」でデビュー、郷ひろみ・野口五郎と共に新御三家と呼ばれトップアイドルとなった。

西城秀樹は日本の歌番組に3つの革新を持ち込んだ。1つ目は「アクション」、1972年リリースの「チャンスは一度」や「激しい恋」には当時は珍しい振付けを取り入れた。これがやがてピンク・レディーなどにつながり、70年代後半はアクションブームが巻き起こった。

2つ目は「マイクパフォーマンス」。今ではロック歌手が当たり前にやっている演出方法で、西城秀樹が「薔薇の鎖」で初めて行った。

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田中角栄
恋する季節
郷ひろみ
野口五郎
チャンスは一度
激しい恋
ピンク・レディー
大友康平
薔薇の鎖
西城秀樹

金曜日のリクエスト 芳村真理 (バラエティ/情報)
21:20~

西城秀樹が行った日本初、3つ目は「観客参加型パフォーマンス」。彼の最大ヒット曲「ヤングマン」で取り入れており、大人でも子どもでも踊れる簡単なYMCAの動き、聞いている人も一緒に真似できる。

スタジオで西城秀樹が行った功績3つを紹介。1つ目がペンライト、2つ目が球場コンサート、3つ目が野外フェス。球場コンサートでは1974年~83年まで大阪球場で歌い続け、初のクレーンも使用した。今ではライブに欠かせないペンライト、コンサート前日にラジオで「懐中電灯を持ってきて」と呼びかけたのが始まり。更に1975年には野外フェスとして富士山麓の広大な空地にステージを建設、バスで全国から観客を運んだ。

このあと、30年ぶりに西城秀樹と再会。

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西城秀樹
恋するフォーチュンクッキー
AKB48
ヤングマン
ブロウアップ ヒデキ
大阪球場
富士山

金曜日のリクエスト 芳村真理 (バラエティ/情報)
21:30~

4月某日、芳村真理が西城秀樹と30年ぶりの再会を果たした。西城秀樹は2003年と2011年に2度の脳梗塞で倒れた。命に別状はないが右半身にマヒが残る結果となった。そんな西城秀樹と再会、スタイルは当時と変わっておらず、その姿に芳村は驚きを隠せなかった。2人は30年会っていないのがウソのように打ち解けあい、芳村は「動脈瘤が見つかってから気持ちを新たにした。すると今はすごく元気になった。病気はそういう事を考える機会になる」と伝えた。西城は今でも積極的に公演を行っており、待っている人がいる限り舞台に立ち続けるという。

キーワード
報知新聞
脳梗塞
動脈瘤
傷だらけのローラ
HIDEKI SAIJO CONCERT 2017

金曜日のリクエスト 芳村真理 (バラエティ/情報)
21:41~

芳村真理からのリクエストで「傷だらけのローラ」の映像が流れた。

西城秀樹についてトーク。芳村真理は「ほんとうによかった、リハビリも本当に頑張っている。病気を受け止めたんだと思うので、前向きに進んでいるのだと思う」と話した。

芳村真理がもう一度聴きたい歌として挙げたのがテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」。芳村によると、この曲はテレサ・テンの人生が詰まっており、その事を強く感じたという。

テレサ・テンは1967年、14歳にして台湾でレコードデビューを果たした。抜群の歌唱力でトップアイドルとなり東南アジアで大スターになった。1974年に来日、抜群の歌唱力で「空港」が大ヒット、日本レコード大賞を受賞した。彼女の歌を間近で聴いていた吉村によると、日本語の発音がとても上手で言葉の意味を理解していたという。デビューから5年、1979年以降は国交断絶により日本での活動は難しくなった。ようやく活動再開できたのは1984年、再デビュー後は「つぐない」や「愛人」をヒットさせた。

日本で復帰する直前、テレサ・テンは婚約者と破局。相手の親族に結婚する条件として歌手を辞めることを迫られ、愛する人より歌を選んだ。そして1995年5月8日、喘息の発作が原因で42歳という若さで無くなった。葬儀は国葬並みの規模で行われ、3万人もの人々が死を悼んだ。

スタジオでテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」が流れた。

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傷だらけのローラ
西城秀樹
時の流れに身をまかせ
テレサ・テン
台湾
空港
日本レコード大賞
つぐない
日本有線大賞
愛人

エンディング (その他)
21:57~

芳村真理は本日の放送を振り返り「素晴らしい番組でした。こういう事がないと、絶対にあうことがなかった」とコメントした。

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