ちちんぷいぷい 昔の人は偉かった正月特別編 2015年1月2日放送回

放送日 2015年1月2日(金) 7:00~11:45
放送局 毎日放送

番組概要

オープニング (その他)
07:00~

オープニング映像。今回は「昔の人は偉かった正月特別編」。

コーナーも5年目を迎え、去年5月からは最南端から最北鯛 近畿縦断622kmの旅をスタートした。今日は4時間45分ここまでの旅を振り返る。

河田と楠の新年の挨拶。去年5月に潮岬を出発してから33日間の旅を振り返る4時間45分になる。質問や感想を募ると、224通もお便りが来たという。採用者には昔の人は偉かったオリジナル手ぬぐいがプレゼントされる。

大阪市に住む井上さんのお手紙が紹介された。コーナー名の由来と河田と楠という2人になったのかを質問された。番組プロデューサーによると自分がそう思っているからコーナー名はそうつけたという。2人になったのは、歴史好きな河田とまっすぐな楠が良かったからと回答された。当初の予定では約500kmだったが、迂回などをするにあたり距離が伸びた。

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串本町(和歌山)
京丹後市(京都)
潮岬
経ヶ岬
MBS
昔の人は偉かったオリジナル手ぬぐい

昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
07:06~

和歌山県東牟婁郡那潮岬は近畿最南端、で本州最南端となっている。

幕末の江戸条約により建てられた8基の様式灯台のひとつで日本灯台50選に選ばれており、関西で選ばれているもう一つの灯台経ヶ岬灯台と言っていた。

道端で登校中の小学生と出会って、話をした。

2つ目の歴史ポイント、無量寺。宝永自身の被害を受け、移築された。無量寺の屏風絵は円山応挙、長沢芦雪が描いたとされている。

ちょっと早めの昼食を食べた。地元の回転寿司でお寿司を頂いた。

このあと…くっすんギャグ披露で奇跡?。

キーワード
円山応挙
長沢芦雪

昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
07:20~

河田と楠は古座川を望みながら古座町を歩いた。その途中、通りがかった男性から差し入れのバナナを頂いた。

善照寺に到着。雑賀衆の山本善内が創建した。雑賀衆は戦国時代、顕如率いる石山本願寺と織田信長の戦いで、石山本願寺側の傭兵として活躍した盗賊。特に射撃の技術が優れていたという。今回は特別に絹本著色阿弥陀三尊像を見学した。その後、善照寺で記念撮影。楠は地域名物のうすかわ饅頭の店舗を旅の途中で見つけたということで、「うすかわ饅頭」というギャグを披露した。

ゴールの霊巌寺に到着。この寺にはおよそ330年前から伝わるという「十王図」という地獄絵図がある。死者が冥界に住む10人の王に生前の罪を裁かれる様子が描かれている。十王図は、民衆に地獄の恐ろしさを教えるために使われた。

近畿最北端の経ヶ岬まで残り約482km。

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古座町(和歌山)
古座川
山本善内
顕如
織田信長
石山本願寺
絹本著色阿弥陀三尊像
うすかわ饅頭
十王図

昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
07:32~

和歌山県古座川町の霊厳寺から再びスタートする。旅を出発する前に2人は、「昔の人は偉かった手ぬぐい」が毎日放送1階のらいよんデイリーストアーで販売中のことを告知した。今回は峠を2つ超えた15km先の平家ゆかりの寺の大泰寺がゴール地点となる、前日に大雨に見舞われた和歌山県南東部、それが後々2人を苦しめることに・・・。歩くこと2.5km、早くも本日一つ目の地蔵峠、歩いている道が熊野古道の大辺路にあたる。大辺路は当時の姿が残っている1つの寺と3つの坂が2004年に世界遺産に登録された。峠を上ること1kmで地蔵峠の頂上に到着、頂上にある地蔵は江戸時代中期に旅人の安全を祈願し地元住民が祀ったと言われている。

午前7時20分に和歌山県串本町に入り峠を下り始めた。

このあとは、川の増水でまさかの足止め!

大阪市在住女性からの投稿「一番印象に残っているのは、川が前日の雨で増水したためそのままでは渡れずロケ隊全員が協力しあって倒木等を運び橋を作るシーン。」を紹介し、実際の放送を紹介する。

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古座川町(和歌山)
熊野古道
毎日放送
昔の人は偉かった手ぬぐい
串本町(和歌山)
大阪市(大阪)

昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
07:42~

午前7時20分に和歌山県串本町に入り峠を下り始めた2人、下り始めて20分、ここでロケ前日の大雨の影響があるはずの道が大雨によって無くなるという事態が発生、出口手前の山の中でまさかの立ち往生となった。橋をつくり無事に川を渡ることが出来た。

スタートから約7km、平清盛の孫の平維盛が植えたとされる「手植えのムクロジ」は樹齢800年といわれ串本町の天然記念物とされている。平維盛がこの土地で女性と結婚し子供の誕生を祝いムクロジを植えたという。ムクロジの実は羽子板の羽に使われる、その他にもムクロジの実は石鹸代わりになったという。

大辺路刈り開き隊隊長の上野一夫さんにガイドしていただく。和歌山県串本町と那智勝浦町をつなぐ、八郎山 八郎峠を歩く。登り始めて1時間半山頂が近づく、六郎山、七郎山が見える。その後ロープをつたって、潮岬が見える八郎山山頂に到着。山頂で木いちごの葉を使用した「古道の葉ずし」を食べる。

このあと…再び足止めで2人は!?住職から衝撃の一言が!?

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串本町(和歌山)
熊野古道
平維盛
維盛手植えのムクロジ
大辺路刈り開き隊
上野一夫さん
八郎山 八郎峠
和歌山県串本町(和歌山)
那智勝浦町(和歌山)
六郎山
七郎山
潮岬
古道の葉ずし

昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
07:57~

和歌山県那智勝浦町の八郎山を下る。二度目の足止めになり、橋作りを開始した。10分で完成し、川を渡り八郎山を踏破した。

スタートから約11時間、大泰寺に到着した。大泰寺は桓武天皇によって創建され、薬師如来像は重要文化財に指定されている。住職・西山義朗さんに平維盛の飾り刀を見せてもらう。平維盛(平清盛の孫)は、那智の沖で入水自殺に見せかけ源氏の追っ手から逃れたといわれているという。一晩世話をした農民の子孫が江戸時代に入り大泰寺に奉納した。近畿最北端経ヶ岬まで残り約476km。

和歌山県那智勝浦町の大泰寺から再びスタートし今回は延命寺がゴール地点となる。午前6時10分スタートから約2キロ、河田直也と楠雄二朗は「落合博満野球記念館」の看板を目にした。その後、太地町(和歌山)にある株式会社那智黒総本舗を訪れた。奄美大島産の黒砂糖と水飴を原料に130年以上その味を守り続けている。「那智黒」の名前はこの地方から採れる基石の原料の「那智黒石」が由来となっている。2人は、那智黒を試食した。落合博満野球記念館がなぜ太地町にあるか尋ねると、中日ドラゴンズが25年ぐらい前に優勝した時にシーズンオフに遊びにきて、こんな温暖なところに住みたいと話していたことがはじまりだったという。

河田らは、那智勝浦町の秘湯に辿り着き、秘湯を楽しんだ。地元の人たちも楽しんでいた野湯であり、志村けんが来たこともあったという。この野湯は秘湯中の秘湯といわれている。

河田らが、中辺路を散策。昔は蟻の熊野詣と言われるほどの行列になっていたという。午後3時にはゴールまで4kmとなり、海の絶景も楽しんだ。その後も河田らは地元の方々に励まされながらゴールを目指した。

午前7時30分、世界遺産でもある高野坂に到着した。平安時代・江戸時代に整備され、石が敷き詰められている。高野坂を歩くこと40分、峠の反対側に出ることができた。

目標地点である神倉神社の入り口にたどり着いた。全部で538段の急な石段がある。源頼朝が熊野の功労を賞して寄進したものだという。毎年2月にはお燈まつりが開かれ、2000人の人が石段を一気に駆け下りる。最後の力を振り絞って石段を登りきり、スタートから約11時間後にゴールに到着した。神倉神社は標高約120mの神倉山の中腹に位置している。熊野詣に来た人々から崇拝されてきた岩に、今後の旅の安全を祈願した。

このあとは、「昔の人は偉かった」正月特別編。このあとは数々の試練が2人を襲う。

神倉神社の階段について話が展開した。また、橋作りについても言及され実は何度も失敗していたことが伝えられた。

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那智勝浦町(和歌山)
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神倉山

昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
08:09~

河田らは予定ルートが台風の影響で一部通行止めだったため、急遽迂回することになった。御浜町を目指し、スタートから約1.5kmで熊野三山に到着した。

河田らは、三重県御浜町へ向かった。道中で楠のファンの奥さんに出会い、楠が電話でご主人と会話した。楠は先日、角淳一と番組に出演した時も自分の方が声をかけてもらう方が多かったと話した。

丸山千枚田はいつ作られたか正確にはわかっていないが1601年の徳川家による見地で2240枚の棚田があったという記録が残っている。一時は過疎化により810枚まで減少したが平成6年に保存条例が作られ現在は1340枚まで回復した。

224通のはがきが届いたと話し、視聴者からのお便りを紹介した。写真やイラスト付きのはがきが届いていた。

スタートから11時間、ゴールの入鹿八幡宮に到着。入鹿八幡宮は応神天皇を祀り、地元のいるか一族が入鹿が中心となり建てた神社だといわれている。戦国時代に伊勢神宮の式年遷宮を120年ぶりに復活させた慶光院清順上人という尼層の顕彰碑がある。慶光院清順は11年間諸国を回り式年遷宮を復活させる為の寄付金を集めていたという。

午前5時に入鹿八幡宮をスタート、きょうは約16km先の楊枝薬師堂を目指す。2人は紫陽花を見ながら主君に中世をつくした武士は紫陽花を好まなかったという話をしながら歩いた、紀和町は昔金銀銅などの鉱石が採掘され紀州鉱山と呼ばれていて、昭和53年まで採掘が行われていたという。

紀和鉱山資料館は昭和の時代に使用された機械や道具、当時採掘されていた鉱石を展示、きかいが導入されていなかった江戸時代の様子も知ることが出来る。江戸時代では鉱山を掘っていると地下水が湧き出る為、溺れない様に木製ポンプで水をくみ出す仕事が重要だったという。交代制で24時間稼動していた。

資料館を後にした2人は山道へ、現在歩いているのは伊勢神宮を熊野本宮大社を結ぶ伊勢路と呼ばれる路だ。標高270mまで緩やかに続く4kmの上り坂、昔から続く山道を登ることができ、2人は世界遺産に指定されている伊勢路を歩く。更に1km歩くと頂上に到着、午前11時に早めの昼食を取った。昼食後は下り坂で再び世界遺産の伊勢路を歩く、かつて多くの旅人が歩いた足跡が記されている。

三重県熊野市紀和町で楊枝川を訪れる。蛍が鑑賞できる穴場スポットである。疲れを癒すため2人は休憩するが、最悪の展開となる。

このあとは、後悔先に立たず…くっすんの失態で河田に悲劇!?

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紀和町(三重)
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昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
08:28~

三重県熊野市紀和町で楊枝川を訪れる。くっすんの川が流されてしまうが、50mほど下流で見つけることができた。靴が濡れたため、履き替えて歩く。

三重県熊野市紀和町の金坑跡に向かう。紀州鉱山は奈良時代から昭和53年まで盛んに鉱石の採掘が行われており、大正時代、金坑は金を採掘するための穴である。観光客が来て鉱山を見学するツアーがあり、見学する際、ワラジに履きかえていた。見学して出てくると、ワラジの裏側に金のかけらがついていた。観光客が履いたワラジで砂金を集めていたという。

三重県熊野市紀和町を歩くが、2人は慣れない靴で足が痛くなり休憩する。2人は歩きだし、熊野川に到着する。スタートから約11時間半、楊枝薬師堂に到着する。楊枝薬師堂は平安時代後期、後白河天皇が創建した。元々は、頭痛山平癒寺の一部だったが、昭和の火災で薬師堂のみが残った。後白河天皇は頭痛に悩まされており、ある日枕元で仏様に「熊野川のほとりに生えている柳の木で都にお寺を建てなさい」と言われ、京都市東山区の三十三間堂を造った。頭痛が治った後白河天皇はお礼にと頭痛山平癒寺を建立した。現在は、頭痛や首から上にご利益があるといわれ、拾ってきた石に願い事を書き奉納する。近畿最北端・経ヶ岬まで残り約361km。

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昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
08:39~

三重県紀和町・楊枝薬師堂からスタート、三和大橋が県境となっている。

少林寺へ到着。1470年ごろ室町時代中期の創建、当時は宗派は不明で現在の曹洞宗の寺になったのは創建から200年後。少林寺拳法は達磨大師が少林山で修行し、そこで少林寺拳法が生まれた。少林寺に保存される図を紹介。

道路で歩いている時、楠雄二朗が道路を歩く危ない犬の弁慶に出会い、保護した。

世界遺産の熊野古道方面へ、過酷な峠越えが待っていた。摩崖碑には一遍上人が唱えた言葉を刻んでいる。

摩崖碑の元となった石碑のあるポイントへ向かった(スタートから6.5キロ地点 )。一遍上人名号碑は、一遍上人が1280年にこの地に立ち寄ったときに彫ったとされる。スタートから8キロ地点で世界遺産に登録されている熊野古道の伊勢路である万才峠が見えてくる。後鳥羽上皇は熊野御章を行うほど熱心だった。スタートから約13キロで峠を超えることが出来た。

昭和のラーメン「黎明」でやきめしとラーメンと熊野牛餃子を頂いた。

大自然の露天風呂を満喫 目の前に現れた巨大なもの?

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昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
08:56~

河田直也らが和歌山県本宮町の「川湯温泉」にやってきた。江戸時代創業の「川湯温泉 冨士屋」では源泉60度以上の温泉を楽しんだ。

河田直也らが熊野本宮大社を目指した。スタートから約11時間、鳥居をくぐりゴールの本殿に辿り着いた。熊野本宮大社は再生・蘇りの地とされており、上皇や法皇もお参りに訪れたといわれている。明治22年までは熊野本宮大社は大鳥居の近くにあったが、大洪水を機に現在の場所に移ったと言われている。

河田直也達が熊野古道の中辺路を散策。修験者が熊野古道を通って熊野三山を巡り江戸時代に入ると一般庶民にも広まって多くの人が訪れた事から「蟻の熊野詣」と呼ばれるようになったという。

楠雄二朗、遠山奬志、大吉洋平による近畿縦断の旅。寺を出た3人はすぐに地元民の石本さん一家と遭遇、石本さんはトマトを栽培しており3人は味を堪能した。

楠雄二朗、遠山奬志、大吉洋平による近畿縦断の旅。再び歩き出した3人は道端でヤマカガシを発見。ヤマカガシは毒を持った蛇で3人は大興奮、遠山が木の棒で突っつくなどした。

楠雄二朗、遠山奬志、大吉洋平による近畿縦断の旅。腹ごしらえをした3人は再び歩き笠塔山に到着。笠塔山は陰陽師として有名な安倍晴明の伝説が残されている。

楠雄二朗、遠山奬志、大吉洋平による近畿縦断の旅。3人は山の中にある猫又の滝に到着。ここも安倍晴明伝説が残る場所で、落差は10mほどある。滝幅が猫でも渡れるような狭い事から、猫又の滝という名前が付けられた。

楠雄二朗、遠山奬志、大吉洋平による近畿縦断の旅。今回のスタートから11時間、3人はチェックポイントの「安倍晴明神社」に到着した。ここには神社の成り立ちに関わる伝説があり、かつて地元の人が川で見つけた宝石を安倍晴明のご神体だと信じ祠を建てた。これが神社の成り立ちで、3人は祠に手を合わせた。

このあとは、「昔の人は偉かった」正月特別編 この後は河田復帰で再びアクシデント!?

遠山さんら3人について話が展開した。遠山さんは虫と蛇ばかりを探していたという。その後、河合から遠山におんぶされた楠の妙なやりとりについて言及された。

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昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
09:22~

旅13日目、一行は和歌山県田辺市の龍神温泉で旅の疲れを癒やした。

龍神村には41のつり橋がある。日高川にかかる佐久間橋をわたる。佐久間橋は農道道として昭和30年に作られた。

河田直也と楠雄二朗がスタートから約10時間歩き、ゴールのごまさんスカイタワーに到着した。ごまさんスカイタワーは1986年に建てられた高さ33mの塔、河田が護摩木が使われていると話した。くっすんはごまきだと話し、後藤真希が結婚することを祝った。

スタートから約1.5kmのところで猟師に道案内をお願いした。スタートから約2kmで鹿が食べた跡を発見した。最近鹿の増加によって植林地が荒らされる被害が増えているという。

午前9時30分、スタートから約8km県境のポイントに到着した。

スタートから約9km、再び山の中に入った。和歌山・奈良の県境の村々では納骨のために高野山を目指すという。スタートから約11kmであるおばあちゃんに会った。

無病息災を願う奇祭「オコナイ」とは!?

門真市と大阪市、大阪狭山市に住む視聴者からのメッセージを紹介した。

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佐久間橋
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門真市(大阪)
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田辺市(和歌山)
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昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
09:38~

和歌山県から奈良県に入った2人はこの地域特有の天然記念物であるキリクチが生息するポイントへ向かった。世界最南限のイワナ生息地だという。キリクチは頭部が刃物で切り取られたような姿からキリクチと呼ばれたそう。キリクチの撮影はNHKが10日泊まり込みで成功させており、5分で撮影は不可能だった。

スタートから約14km、2つ目の歴史ポイントである春日神社に到着した。1290年ごろに五社大明神を遷したのが始まりで、オコナイと呼ばれる無病息災を祈った神事や、悪霊が近づかないよう鬼踊りがお正月に行われているが、村から若者が減りオコナイができる地域が少なくなっているという。誕生日だという漁師に昔の人は偉かった手ぬぐいをプレゼントした。

スタートから約11時間、午後4時30分長慶天皇陵に到着した。長慶天皇は南北朝時代の第98代天皇だったが、非常に資料が少なかったため大正時代まで在位が認められなかったため、全国各地に長慶天皇の足跡を残すための長慶天皇のお墓が70ヶ所あるという。

野迫川村を歩いていると、土砂崩れで行方を阻まれ、小辺路から遠回りし峠を上る。

12時30分、橋の上で幕の内弁当を食べる。

世界遺産高野山を目指した旅の18日目、マムシが出る山でガイドから毒抜きの応急処置のレクチャー。高野山に到着、聖地で安全祈願。旅19日目、標高800mの高野山を下山。

旅20日目、和歌山県橋本市に到着、地元の人から声援をもらいながら、潮岬から325km地点の大阪府河内長野市に到着。

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東温市(愛媛)
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嵯峨東陵(京都)
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クロモジ
橋本市(和歌山)
河内長野市(大阪)

昔の人は偉かったロケについて (バラエティ/情報)
09:50~

高野山の景色についてトーク。くっすんは猟師の久保さんに「すばらしいガイドをありがとうございました。」と話し、久保さんからの手紙を紹介した。視聴者より「ロケのカメラマンなどの裏側を知りたい」との質問があった。

午前4時半に集合・出発となり、撮影スタッフは計8人で京都府福知山市へ向け出発。コンビニで朝食を食べ、河田は歴史ポイントの解説のために予習と資料をまとめ本番に備える。午前6時50分にスタート地点に到着し午前7時に撮影は始まった。A班とB班に別れ、A班はひたすら歩き、B班は車に乗って移動し先回りして歩いている風景を撮影する。

歴史ポイントに到着したら河田が解説を行う。ほぼノーミスの為スタッフも驚いているということ。撮影ポイントをB班が撮影している間にお菓子などを食べながら休憩する。5時間後お昼休憩となり、ふたりの食事を撮影後全員で食事を取る。今回のスタッフはベテランスタッフ。

午後1時に再出発。この日のB班は大変で、車が乗れない山道などでは走っては撮り走っては撮りを繰り替えす。日の出から歩くこと10時間後の午後5時にゴール地点を迎える。撮影後は2時間かけて大阪へ戻る。

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高野山
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福知山市(京都)

昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
10:05~

大阪・松原市の屯倉神社をスタート。ゴールは大阪・中央区の道頓堀。

河内長野市と大阪市平野区を結ぶ中高野街道を歩く2人、スタートして1時間で大阪市平野区に突入。

午前7時50分、あべのハルカス方面へ。

公園を歩いていると、太極拳をやっている人々に遭遇。太極拳をやっていた人は、攻防をイメージして、体の中から表現していくと話してくれた。

公園の隣にある、樋之尻口地蔵堂へ。ここは、大阪冬の陣・夏の陣で徳川家康に敗れた真田幸村が、徳川家康を倒すために地雷を仕掛けた。その時の地雷の爆発で初代の木造のお地蔵さんが吹き飛び、後に石のお地蔵さんが祀られたという真田幸村ゆかり地である。

全興寺へ。ここは飛鳥時代に、聖徳太子が創建したといわれる。首地蔵が祀られており、これは真田幸村が仕掛けた地雷によって首だけが飛んできたのだという。

午前10時半、あべのハルカス方面へ。途中、楠は自分のファンだという女性に声をかけられる。その後、楠は以前自分のイベントを行ったことを話し、そこでの写真撮影で30人限定だったが15人しか集まらなかったことを明かした。

休憩も兼ねて天王寺動物園へ。上野、京都に次いで3番目に古い動物園で、来年100周年を迎える。動物を鑑賞した後、天王寺公園へ向かう。

茶臼山周辺で1615年の大阪夏の陣で最大の激戦が繰り広げられた。当時、徳川方最強といわれた松平忠直の率いる1万5千の軍勢と、豊臣方の真田幸村の3千5百人が戦い、真田軍が徳川家康に死を覚悟させるほどの活躍を見せたといわれる。

新世界へ向かう。通天閣は現在2代目で、初代は今とはまったく違う姿だったという。通天閣周辺を歩いていると、占い屋に声をかけられる。占ってもらったところ、楠はいろいろな才能があり、何でもできる人間だといわれる。その後、串かつ屋「やまと屋1号店」へ向かい、串かつやどて焼きを食べた。

真田幸村終焉の地で河田再び・・・

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聖徳太子
家康
ライオン
ゾウ
松平忠直
茶臼山 古戦場跡
馬上宿許筒
新世界
ルナパーク
串カツ盛合せ
やまと屋 1号店
どて焼き

昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
10:26~

午後2時50分、スタートから約13キロ、大阪市天王寺区・安居神社へ。真田幸村の像を映像。

スタートから約10時間半、約15キロ地点、午後4時30分に道頓堀へ到着。道頓堀の名前の由来は、江戸時代に安井道頓という商人が作った堀。

近畿最北端の経ヶ岬まで残り約126km。

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真田幸村
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昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
10:36~

午前6時、大阪市中央区道頓堀から旅スタート。今回は道頓堀をスタートし豊中市の原田神社を目指す。

近畿縦断500km旅。一行は池田の猪買いに登場する丼池筋を進んだ。

二代目の小西儀助が薬問屋として建てた、旧小西家住宅におとずれた。現在はコニシボンドを作っているという。経営企画部リーダーの山本英之は戦後の混乱期になにか新しい事業を始めたいなと考えていた時に、外部に塗料や接着剤を研究していた人がいて、その人が入社されてから作り始めたという。

小西家住宅におじゃました。今は住んでいないというが、部屋数は全部で20室あり、かつては家族や女中、丁稚さんなど50人ほどで暮らしていたという。また、サントリーの創業者である鳥井信治郎も少し働いていた時期があるという。

茶屋町を通った。茶屋町はかつてハルには菜の花が一面に咲く、野原だったという。また、歩いているとMBSアナウンサーの松川浩子と遭遇。松川は河田直也について、女友達だと思って話しているとコメント。

以前テレビに出てくださったおばさんの甥っ子さんである久保達也さんがやっているというお店、情熱うどん讃州にうかがった。久保さんは、おばさんはいつ死んでいもいいと言っていたとコメント。

中津から池田市を経て、妙見山の能勢妙見堂へ至る旧街道である、能勢街道にさしかかった。

十三大橋を渡った。十三の由来は、十三の私が淀川の上流から数えて13番目というところから来ているという。

二人は昼食を取ることに。はまぐりラーメンと貝めしをいただいた。

女子大生にメロメロの2人 全国的に珍しい観音様を拝観

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池田の猪買い
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茶屋町(大阪)
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昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
10:52~

河田直也らが、豊中市を散策中にピアノコースを専攻する音大生に出会った。音大生はフランツ・リストの曲をひいていると話した。

河田らは、スタートから12kmで服部天神宮に到着した。朝鮮半島から渡来した秦氏は少彦名命を崇拝し、祠を建てたことが服部天神宮の始まりだったという。また、お詣りをした菅原道真の脚気が治ったことから足の神様とも言われている。河田らは菅原道真公之像にお参りをした。

ゴールまで残り1kmとなり、河田らは萩の寺 東光院に辿り着いた。8種類3000株の萩が毎年9月半ば頃から見頃を迎える。「こより十一面観世音菩薩立像」は写経で作った衣でまとわれており、後醍醐天皇が大事にしていたとされる。

河田らは、スタートから10時間半でゴールの原田神社に到着した。創建は天武天皇の時代と伝えられており、1578年に荒木村重の兵火により社殿や宝物瑠類が消失したと言われている。大河ドラマでは田中哲司が荒木村重を演じており、楠らは田中哲司と仲間由紀恵のカップルは素敵だと話した。

能勢街道から豊臣秀吉ゆかりの池田市久安寺を目指す

スタートから約10時間、能勢妙見山に到着した。能勢妙見山の創建は750年頃で、妙見大菩薩という人の運命を司る北極星の神様を祀っている。北天にあって動かない北極星に祈れば道を踏み外さず福がもたらされるという北極星信仰が、仏教と融合したという。坂本龍馬や勝海舟も、北極星信仰に多大な影響を受けたと言われている。大阪府立茨木高校は、大正14年から毎年1月に約40kmの道のりを歩いて参拝に訪れる恒例行事をしている。

近畿最北端の経ヶ岬まで残り約83km。

旅27日目の本日は標高660メートルの能勢妙見山からスタート。大阪と京都の府境を目指す。およそ15キロの道のり。

能勢妙見山にある山門が、大阪府能勢町と兵庫川西市の県境になっている。午前6時40分兵庫川西市に入った。境内を100メートルほど歩くと再び大阪府の看板を発見。午前6時45分大阪府能勢町入り。ここから山を5キロほど下り、京都を目指す。

3キロほど歩いたところでくっすんに異変が。貼るカイロが熱くなってきて4枚も貼っていたもの外した。カイロの起源は平安時代から江戸時代に火鉢などで熱して使われた「温石」という石と言われ、これを布に巻き懐を温めたことから「懐炉」と呼ばれるようになったなどと紹介した。

スタートから約6キロ。本日最初に訪れたのは、能勢町のシンボル的な存在である「野間の大けやき」。こちらは高さ約30メートル、幹周り約14キロ、樹齢1000年以上で国の天然記念物。こちらは明治45年まであった蟻無神社の御神木として祀られていた。蟻無神社の境内の砂を家や畑にまくと蟻が寄らないといわれていた。また、昔の村人たちは、けやきの木の新芽の出具合で1年が豊作かどうか占っていたなどと紹介した。

更に歩きスタートから7キロ。地元でとれた新鮮な野菜などを販売するお店「能勢けやきの里」。ここで河田がマイクの風防を落としたことに気づいた。結局お店を探しても見つからず2人は、きた道を引き返すことになった。すぐに道端で発見し風防装着完了した。

2人は続いての歴史ポイントとなる清普寺へ。清普寺は能勢頼次が能勢家の菩提寺1601年に建立した。境内には能勢家だいだいのお墓である五輪塔が立ち並んでいる。室町時代、源氏の一派が能勢を治め「能勢姓」を名乗ったといわれる。そして、本能寺の変では、この能勢は能勢頼次が治めており、明智光秀も源氏の一派で、能勢頼次は明智光秀に味方する。しかし数日後、主君・織田信長を討ち取った。能勢頼次は岡山へ逃亡。名前を変え身を隠したといわれている。すると、能勢頼次は光秀の死後再表舞台へ。能勢頼次は関ヶ原の戦いで東軍・徳川家康に参戦した。見事手柄をたて頼次は再び能勢の地を治めることになった。住職は「能勢頼次は石田三成の家が隣だった。そのため動向を徳川家康に報告していたといわれる」などと話し、能勢家は運が強いとし、「京都町奉行・大阪船奉行・大目付なども能勢家の一文では活躍していた」などと話した。

時刻はお昼どき。本日のランチは先週に引き続き、地元の宅配弁当。焼肉弁当を食べた。そして再び歩き出した2人は、清正公堂ヘ向かった。清正公堂は、江戸時代に加藤清正を祀り建立された。境内には加藤清正の手を型どった石碑がある。秀吉は加藤清正にこの地を治めるよう命じた。築城・治水の名手といわれた加藤清正は沼地の多かった能勢の地を整備した。加藤清正は能勢の地で水の神様として祀られたなどと紹介した。地元の方にも話を伺った。濱善男さんは「加藤清正は大きな手が象徴だった」などと話し、加藤清正の手形はお守りやお札にもなり、清正公信仰が広がったなどと紹介した。そうして清正公堂をあとにするはずだったが、焼き栗を用意していただいて、能勢ぐり「銀寄」を堪能した。

金色に輝く巨大仏像は一体!?くっすん親分に弟子入り!?

残り100km切った時点で距離が増えた時について話が展開した。兵庫県の匿名希望さんの手紙が紹介された。距離が伸びて旅がたくさん見れるのは嬉しいという内容に、楠は「もっと距離を伸ばしましょう!」と息巻いた。

本日のランチは先週に引き続き地元の宅配弁当

キーワード
豊中市(大阪)
フランツ・リスト
少彦名命
菅原道真
こより十一面観世音菩薩立像
後醍醐天皇
天武天皇
荒木村重
田中哲司
仲間由紀恵
久安寺
豊臣秀吉
池田市(大阪)
北区(大阪)
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妙見大菩薩
大阪府
亀岡市(京都)
能勢町(大阪)
川西市(兵庫)
旭化成工業
アメリカ
東山区(京都)
野間の大けやき
蟻無神社
ごぼう
黒豆
清普寺
菩提寺
能勢頼次
本能寺の変
明智光秀
織田信長
徳川家康
関ヶ原の戦い
石田三成
岡山県
清正公堂
加藤清正を
朝鮮出兵
秀吉
銀寄
焼き栗
焼肉弁当
いたち
イタチ

昔の人は偉かった正月特別編 (バラエティ/情報)
11:28~

大阪府豊能郡能勢町を歩く2人が目にしたものは、山の中腹にそびえ立つ金色に輝く仏像だった。この仏像の真相を突き止めるためお寺に向かい先代の住職さんにお話を伺った。この仏像は十一面観音といって30メートルの大きさで女性の徳をたたえて建てたそうだ。また仏像が好きで境内では大小合わせて900もの仏像が祀られている。そしてこのお寺の七寶寺は1655年に創建されたお寺だという。そして2人はもう1つの大阪摂津大仏の元へ行き旅の安全を祈願しお寺を後にした。

日没が近づいた所で本日の目標の大阪と京都の府境に到着した。

CCBの「Romanticが止まらない」が流れた。

午前6時30分、大阪と京都の府境からスタート。ゴールは京都府南丹市の園部城跡の16キロを歩く。

次に向かったのは久昌寺。久昌寺とは、福知山を収めてきた朽木家の菩提寺である。そこにはトレイの神様と書かれた看板があった。

源頼光一行の足あとが残る道を歩き、スタートから約10時間で本日のゴール地の大歳神社に到着した。大歳神社の創建は平安時代ぐらいで源頼光が鬼退治に向かった時に戦勝祈願をしその帰りにお礼参りに訪れた神社である。ここでは貴重な「大般若経」が奉納されている。

近畿最北端の経ヶ岬まで残り約93km。

現在は京都府大歳神社まで進んで、残り約93kmと伝えられた。

次回の旅は…福知山市から与謝野町へ。ちちんぷいぷいは1月5日(月)~ 昔の人は偉かった 旅の続きは1月8日(木)に放送される。

29日目、京都府京丹波町の紅葉の景色を楽しむ。

旅30日目、京丹波町から福知山市へ向かう最中、地元の人が暇つぶしに行っているあずきの3段積みゲームを1時間費やし成功させ、時間ロスを取り戻すため先を急ぐ。

旅31日目には、伊能忠敬も測量に訪れた山陰街道を北上。その途中に迷いこんだと見られる猟犬の飼い主を探している人と出会い、2人も協力し無事再開を果たす。

旅32日目には福知山駐屯地に立ち寄り、京都府福知山市を北上。

キーワード
七寶寺
能勢町(大阪)
十一面観音
大阪摂津大仏
亀岡市(京都)
大阪
和歌山
兵庫
Romanticが止まらない
C-C-B
園部城跡
南丹市(京都)
源頼光
天橋立
坂田金時
大般若経
日如来座像
大歳神社
福知山市(京都)
与謝野町(京都)
京丹波町(京都)
山陰街道
伊能忠敬
福知山駐屯地

エンディング (その他)
11:40~

視聴者のお便りを紹介してエンディング

スポット

グルメ

黎明

スクール/教育

大阪府立茨木高校

レジャー/交通

経ヶ岬灯台
三和大橋
三十三間堂
天王寺動物園
上野動物園
天王寺公園
通天閣
京都市動物園
潮岬灯台
ごまさんスカイタワー
川湯温泉
道頓堀

宗教

神倉神社
服部天神宮
霊巌寺
霊厳寺
伊勢神宮
能勢妙見山
善照寺
久昌寺
入鹿八幡宮
春日神社
安居神社
萩の寺 東光院
原田神社
大歳神社
少林寺
熊野速玉大社
無量寺
熊野本宮大社
一遍上人名号碑
全興寺
楊枝薬師堂

政治/経済/地方自治体

紀和鉱山資料館

旅行

川湯温泉 冨士屋

流通

らいよんデイリーストアー
能勢けやきの里
  1. 1月2日 放送
  2. 次回の放送