ちちんぷいぷい 特別編【くっすん&河田アナ◆昔の人は偉かった東海道五十三次の旅】

ちちんぷいぷいは、まじない用語である。一般には子供が怪我をしたときに宥める用語でもある。主に、母親、もしくは保母など保護的立場にある者が「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの、飛んでけ!」といったように使用する。古くはもっと長く「チチンプイプイ御代(ゴヨ)の御宝(オンタカラ)」ととなえた。 一説にはその語源は「知仁武勇御代の御宝」(ちじんぶゆう ごよのおたから)である。テレビなどの子供向け番組では、忍者の呪文に使われたり、アラビアンナイトをモチーフにした番組での魔法の呪文に使われるなど、本来の意味とは異なった使用もされている。テレビなどの子供向け番組にも同名の題名が使用されていることがある。1990年にアーノルド・シュワルツェネッガーが出演したアリナミンV(武田薬品工業)のコマーシャルでは、この言葉をもじった「ちちんブイブイ」という言い回しが使用され、「交響曲第7番 (ショスタコーヴィチ)」のメロディに乗せてこの言い回しで歌った。このCMソングをフルコーラスアレンジした「ちちんVV(ブイブイ)の唄」(歌:CM NETWORK)という楽曲がCD化されている。1991年に同商品のCMソングに起用されたCM NETWORK with 坪倉唯子の「魔人Vが行く」の歌詞にもこの言い回しは登場する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年8月18日(日) 15:00~17:00
放送局 毎日放送

番組概要

オープニング (その他)
15:00~

オープニング映像。

東海道は是非あるきたいと河田直也が提案していた。歌川広重の「東海道五十三次」になぞって、今はどうなっているのか確認ができるが見どころだと話した。

キーワード
歌川広重
名所江戸百景
東海道五十三次

昔の人は偉かった まだまだ序盤!これからが勝負SP (バラエティ/情報)
15:04~

宮崎県と鹿児島県では初めての放送になる昔の人は偉かった。きょうから東海道五十三次編が登場。歌川広重の描いた場所も見ながら500kmを歩く。きょうは初回、日本橋をスタートするところから。

午前8時、東京都中央区の日本橋からスタート。東海道五十三次の旅は、1回のロケで次の宿場まで目指す。初回は日本橋から10km先の品川宿まで歩く。歌川広重が描いた55枚を現在の場所と照らし合わせながら京都を目指す。お便りを募集したところ、「河田さん、ぐっさん、このコーナーとても大好きです。日本橋という漢字、徳川慶喜が書いたもの」とのお便りがあったので見てみた。お便りを採用されたら手ぬぐいをプレゼント。他にはくっすんの尺八がヘタ、などがあった。ハガキは539-0028 毎日放送ちちんぷいぷい「昔の人は偉かった」係、メールは。mukaera@mbs.jp、お名前・連絡先を記入の上お送り下さいとのこと。江戸時代は15日で東海道を歩いたそうで、飛脚は3~4日で走ったそう。今回の旅では、地元の方やお世話になった方に通行手形にサインをしてもらって通る。

ハガキ&メール募集中。mukaera@mbs.jpのテロップ表示。

午前9時30分、港区にやってきた。東海道を少し外れ、永谷園の本社を訪れることに。スタートから3.5km、永谷園のビルに到着。永谷園は昭和28年創業で、広報の小川さんに話を聞く。昭和40年から愛される永谷園の東海道五十三次カード。平成9年まで、東海道五十三次の他に東西名画選シリーズとして全10種類を封入していた。なぜお茶漬けにカードを入れようとしたかというと、昔は手作業だったので、数が合っているかなどの検印紙を入れていた。それを有効活用するために浮世絵を印刷して入れるようになったそう。平成9年にカードの封入は終了したが、平成28年に復活。現在は毎月応募すれば抽選で当たるようになっている。

午前10時20分。東京タワーを見つけた。スタートから5km、め組にゆかりのある芝大神宮。1005年に創建され、その後め組の喧嘩が起こった。め組の鳶が大相撲をお金を払わずに観戦したことが原因で、半鐘を鳴らして仲間を集め、大騒ぎに。奉行所が裁くことになったが、半鐘が一番悪いとして半鐘を島流しにした。明治時代に半鐘は島流しから戻ってきたそう。め組の半鐘を見せてもらうと、勝田さんは「どっちをさばいても騒動になるので、どちらの味方もしないようにした」と話した。2月の節分祭では半鐘が公開される。芝大神宮の千木筥を求めてやってくる方も多いそうで、千木筥とは玉の輿に乗れるという縁起物。旅の安全祈願で半鐘を鳴らしてもらってその場を後にした。

午前11時50分、東京都港区。お昼ご飯を食べることに。地元の人に美味しいごはん屋さんを聞いた小学生は、春休みに一人で野球をしているそう。教えてもらったお店は大行列だったので、少し歩いた先にある「産直青魚専門 御厨」を見つけて取材交渉し、お邪魔することに。河田はアジフライ定食、くっすんはミックスフライ定食を頼んだ。

浮世絵の場所は今!?昔ながらの履物店に弟子入り!?

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東海道五十三次カード
東西名画選カード
港区(東京)
ラッツ&スター
め組
め組の喧嘩
節分祭
千木筥
三宅島
アジフライ定食
ミックスフライ定食
カキ

昔の人は偉かった まだまだ序盤!これからが勝負SP (バラエティ/情報)
15:20~

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昔の人は偉かった。東海道五十三次の旅。初日となる本日は東京日本橋から品川宿を目指している。地元の方やお世話になった方にサインをもらい宿場を通る。河田さんが「ここに大きな石垣あるんですけどもねこれ高輪大木戸跡と呼ばれています。これ江戸時代に作られたものなんです。西暦1710年に江戸の南の入口に作られたものです。」絵を見せて説明。楠さんが「今とはぜんぜん違う」となどとコメントした。 

江戸時代宿場として賑わったのは品川駅から南へおよそ500m進んだ場所。品川宿で古書店を営む田中義己さんに話を聞く。河田さんは「やっぱりまぁ当たり前ですけども当時の風景とは全然違うんですね」とコメント。「そうかなり違ってます。実はここに絵に描かれてる傍示杭と言いまして昔で言う品川宿の入り口を印す意味でもあったんです。」と田中さんは説明。現在商店街の入り口に再現されている傍示杭。本来は100m程手前に設置されていたそうです。現在周辺のほとんどが埋め立てられていますが商店街から50m程東に行くと舟だまりがありその面影を残しています。「昔のまま残っているお店って少なくなっています。」と田中さんはコメント。河田さんが「でも昔のまま残っているお店もあるんですか。」とコメント。「履物屋さんが1軒残っていて昔ながらの草履や下駄を扱っています」と田中さんは説明した。

二人は田中さんに教えてもらった履物屋さん「丸屋履物店」を訪れた。この店は江戸時代末期から続いており、現在5代目・6代目で経営している。江戸時代、多くの旅人で賑わった品川宿。京都から来た人は着物や履物を整えて江戸に入るのが習わしだった。今では出来上がった靴を購入するのが当たり前だったが、当時は台と鼻緒を選び足に合わせてその場ですげるのが一般的だった。丸屋履物店ではその販売方法を続けている。好みの台と鼻緒を選べばそれぞれの足の太さや形などをみて微妙な調整をしてもらえる。およそ10分で楠さんの下駄と河田さんの草履が完成した。最後に昔ながらの仕事を少し体験させてもらった。歴史ある履物店で貴重な体験をさせてもらった2人。今回はさまざまな江戸の「粋」を教えてくれた丸屋履物店の5代目に品川宿の通行手形を書いてもらった。こうして東海道五十三次、初日の旅を無事に終えた。

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昔の人は偉かった まだまだ序盤!これからが勝負SP (バラエティ/情報)
15:32~

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午前8時 神奈川県川崎市。かわさき宿交流館からスタート。この日は快晴で、いよいよ横浜市に入る。西へ11kmの神奈川宿へ。

スタートから0.4km、ここは関西にゆかりの深い六甲おろしを描いた「佐藤惣之助」の誕生の地。くっすんが聞き込みをしたところ、川崎市の人でも知らなかったそう。

午前8時30分、川崎市のビル群に圧倒されながら旧東海道を進む。間もなく横浜市に入るところまでやってきた。

スタートから約2km、日本橋からスタートして東海道を自転車で進んでいる男性に出会った。5日かけて豊橋市まで行く予定だそうで、ぷいぷいのファンとのことで自転車にステッカーを貼らせてもらった。

地元の方が、車で追い越して待っていてくれたそうで声をかけられた。番組のことは知らないそうだが、天気が良いのでカメラを持っていい被写体がないか歩いているそう。スタッフも一緒に撮ってくれた。

午前9時30分、スタートから6km、生麦事件が起こった場所までやってきた。生麦事件とは、1862年に生麦村で薩摩藩士がイギリス人4人を殺傷して薩英戦争に発展した事件。イギリスからやってきた商人たちは大名行列が来て頭を下げなければいけないことは知らず、馬に乗ったまますれ違おうとしたことに怒って斬りつけた。近くに資料館があるそうなので行ってみることにした。

生麦事件参考館にやってきた。浅海さんが自宅の敷地に作った私設の資料館で、中には膨大な資料があった。横浜市教育委員会が調べてくれたもので600点がある。きっかけは、近代国家成立の発端になった重要な事件なのに、なぜ資料を見られる場所がないのかという観光客の言葉で、地元として作らないといけないと思って集め始め、日本各地から講演会の依頼が殺到して2時間の講演を255回行ったそう。それにより奨励賞なども受賞した。

浮世絵の場所は今!?

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昔の人は偉かった まだまだ序盤!これからが勝負SP (バラエティ/情報)
15:49~

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午前11時30分、横浜市を歩いていた2人は偶然「トマトケチャップ発祥の地」と書かれた記念碑を発見した。横浜市子安築は明治29年にこの地にトマトケチャップの製造会社「清水屋」が開業。そのため、ここに記念碑が建てられたという。復刻版の清水屋ケチャップは現在、市役所や高島屋などで販売されているとのこと。話を伺ったお母さんが清水屋ケチャップときゅうりを持ってきてくれた。河田アナらは試食し「おいしい」などとコメントした。

午後2時近くでお昼休憩を挟んだ2人。約11キロを歩き、神奈川宿の近くまでやってきた。歌川広重が浮世絵で描いた場所に到着した。歌川広重が描いた「東海道五十三次 神奈川宿」は小高い丘に並ぶ旅籠から美しい東京湾が一望できた当時の様子が表現されている。当時の面影を残す坂道。そして坂の上にはさくらやという旅籠が描かれている。現在は田中家に名前をかえて今でも営業されているそう。

田中家は1863年に創業。当時は旅籠だったが平成2年からは料亭として営業している。幕末期には明治維新の立役者も足を運んだという名店。詳しい話を6代目の若女将に伺う。田中家の創業当時は近くの海に多くの外国船が停泊していたそう。その様子をひと目見ようと多くの見物客が訪れ、神奈川宿は大いに賑わったそう。また勝海舟の紹介で坂本龍馬の奥さんであるおりょうさんも働いていた。おりょうさんが映っているという集合写真を見せてもらった。女性はみんなえりかけをしているが、していない女性がおりょうではないかと言われている。今回は田中家六代目の若女将に神奈川宿の通行手形を書いてもらった。

悪天候でロケ中止!?神奈川県・藤沢宿を目指す!

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昔の人は偉かった まだまだ序盤!これからが勝負SP (バラエティ/情報)
16:03~

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午前8時30分、雨風の強いなか、澤邊本陣跡からスタート。藤沢宿を目指すのだが、南に下った鎌倉市には観光名所が多いので、一旦旧東海道を離れ鎌倉市に向かい道中の観光スポットを訪ねる。藤沢宿まで15キロの旅。この日は大雨と強風が激しく、静岡には土砂災害警戒情報と避難勧告が出ているほど。歩き初めて10分で傘が折れてしまい、楠さんは「これでロケするの?」と何度も語った。

午前9時10分。スタートから30分が経過するも、まだ1キロ地点。安全に配慮し休憩を挟みつつ目的地を目指す。雨風が強く、痛がる2人。楠さんは「小石を投げられてる感じ」と語った。スタート地点から2.5キロ。ここでくっすんが「南谷戸の大わらじ」を発見。これはこの辺りの地名「南谷戸」の由来となった大わらじのモニュメント。南谷戸は街道が近く、昔から往来の多い場所で、旅人がここでわらじを履き替えていたため、いつしか道中安全の名所となった。その歴史を伝えようと地元の人たちが大わらじを作っているという。大わらじの全長は3.5メートル、幅は1.5メートル、重さは200キロ。

スタッフが「右へ行けば目的地ですが、左へ行けば富士山が見えるんですが…行きません?」と言うと、河田さんは「絶対行けへんわ」と言い、楠さんは「風が強いから見えるかも」と言って小型カメラを持って走って行った。「富士が丘」は知る人ぞ知る富士山の絶景ポイント。楠さんが指を指した先にはなんてこと無い小高い丘。条件がそろうと立派な富士山が見えることもある。

天候が悪化!洞窟にあるのは一体!?

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昔の人は偉かった まだまだ序盤!これからが勝負SP (バラエティ/情報)
16:16~

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6日目は横浜市の戸塚宿から藤沢宿を目指しているが、歩くのも困難な悪天候。そんな悪天候の中目的地を目指す2人。時刻は午前10時半。雨脚が強まってきたので、今後の天気を確認しようと気象予報士の広瀬さんに電話した。広瀬さんは「身体に打ち付けるような雨じゃないですか?今からがピークになるかもしれない。発達した雨雲が静岡県・神奈川県にあってそれがやってくるんです。もしかしたら危険かも。無理はせずに」と言った。

「定泉寺」に到着した。定泉寺は室町時代に創建された真言宗の寺。さっそく気になる洞窟での修行について住職に話をうかがうと「鎌倉時代から修行のお坊さんが修行の一環として手作業で洞窟を掘り進んでいた。最後は座禅を組んで修行したと言われています」とのこと。本堂の裏にある「田谷の洞窟」は僧侶たちの修業の場だが、一般には礼拝の場として公開されている。河田さんと楠さんは洞窟に入った。この洞窟は鎌倉にある鶴岡八幡宮の僧侶たちが掘った総延長1キロにも及ぶ迷路のような大洞窟。そして奥へ進むと広いスペースに出てきた。秩父三十四観音霊場とは埼玉県西武に点在する34の寺のこと。この洞窟にはそれぞれの本尊1つ1つが刻まれ、ここでお参りをすることで34ヶ所のお寺を参拝したのと同じ功徳を授かるというありがたい洞窟。巡礼できるのは秩父三十四観音霊場だけでなく、坂東三十三観音霊場も刻まれている。ここで日本の100観音を巡ったことになる。四国八十八ヶ所霊場のお参りもでき、これで188ヶ所の札所をお参りしたことになるそう。最後は高野山・奥之院を表現した部屋でお参りする。お参りを終えて気になる天気は…「さっきよりひどくなってる」「時間と共にきつくなっているね」と、さらに危険な状況になってきた。この日の報道によると目的地の神奈川県藤沢市では建設現場の足場が傾くほどの強風が吹いていた。今日は安全を考慮してここまで。長く厳しい東海道の度はまだまだ続く。

東海道一の難所!箱根の山へ!くっすんは大丈夫なのか!?

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横浜市(神奈川)
静岡県
田谷の洞窟
奥之院
鎌倉市(神奈川)
藤沢市(神奈川)

番組宣伝 (その他)
16:27~

有田哲平と高嶋ちさ子の人生イロイロ超会議の番組宣伝。

1番だけが知っているの番組宣伝。

昔の人は偉かった まだまだ序盤!これからが勝負SP (バラエティ/情報)
16:30~

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きょうは神奈川・小田原市にある小田原城からスタートし、東海道最大の難関と言われる峠を越え箱根宿へ向かう。

小田原の標高は約10メートル。この日は標高805メートルの峠を超える。観光地としても人気の箱根湯本温泉は昔から多くの人が訪れた湯治場だが朝が早くまだ開いていないところが多かった。そんな中、埼玉から来たという2人の女性に出会い温泉についてお話を聞く。2人が宿泊した旅館「天成園」は広い露天風呂があり楽しめたという。温泉街を抜け急な坂道をいきスタートから8km。標高100メートルを超えたあたりまできたがここから「天下の険」と言われるほどの険しい坂道を登る。午前9時45分、スタートから約11km。箱根旧街道という山道に入る。箱根道は当時道が悪く江戸幕府が1680年に石畳に改装し、現在も当時の石畳が残る場所がある。雨の中、石畳に足をとられながら500mほどあるき再び舗装された場所に戻ったが、このあと石畳の山道はまだまだ続く。スタート地点の小田原城から歩いて約4時間、箱根の伝統工芸品・箱根寄木細工を作る工房に立ち寄る。

伝統工芸品を作る工房「金指ウッドクラフト」は、1989年に創業。職人歴60年の金指さんに寄木細工を見せていただいた。工房には天然の木を使い樹木の色彩と木目を使い作り上げた幾何学模様が特徴の寄木細工が販売。江戸時代から作られ旅人や湯治客のみやげ品として人気となった。作り方は、色の違う木を張り合わせた板をつくり、板をカットし木材を組み合わせて作っていく。幾何学模様となった木のブロックを薄くスライスし小箱などの表面に貼り付けると箱根寄木細工が完成する。さらに金指さんは、幾何学模様となった木のブロックを直接削り丸みのある製品を作る無垢の寄木細工というオリジナルの技法を考案し、コップなどを作れるようにした。金指さんには現在2人のお弟子さんがおり、お弟子さんらは独立し食べていけるようになりたいなどと話した。金指さんは、箱根駅伝往路優勝校に送られるトロフィーも制作しているという。

このあと…箱根の山道にくっすん涙!?恐れられた関所の女性とは!?

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番組宣伝 (その他)
16:43~

「AKASHIYA TV」の番組宣伝。

昔の人は偉かった まだまだ序盤!これからが勝負SP (バラエティ/情報)
16:46~

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東海道五十三次、神奈川県の小田原宿から箱根宿を目指す。お昼ご飯をすませ、引き続き江戸時代から残る石畳の道と舗装された道を交互に進む。スタートから約12.5km、2人の目の前には長い階段があり上り続けるもくっすんには膝の痛みが。途中、くっすんが遅れるも新人スタッフの小林くんも遅れ始めた。小林くんばかり気にする河田さん、くっすんは自分も気にかけてほしいと訴えた。

2人が歩いていると見えてきたのは標高約700mにある「甘酒茶屋」。お店は約400年続くお茶屋で休憩を挟むことに。江戸時代に箱根の山道には9件の茶屋があったが現在はこのお店のみが残っている。米麹のみで作る甘酒400円が名物となっており2人もいただくことに。試飲した河田さんらは「優しい味」「美味しい」などと感想をのべた。

本日目指す箱根宿の入口、箱根関所までは残り3キロ。標高は100メートルほど登る。途中、東京の日本橋から来たという学生の土居さんに出会い話を聞くと、土居さんも東海道五十三次踏破に挑戦していたところだった。現在4日目らしく泊まりはテントで野宿しているとのこと。河田さんは「こんなんスタジオの人たちに見せたら外に泊まれとか言い出すやん」などと話した。土居さんは人の温かみを感じる旅が出来ていると話を聞かせてくれた。2人は箱根の坂道を上り始めて7時間半でようやく標高805メートルの峠を踏破。

山を越え、芦ノ湖の湖畔にある成川美術館に寄った。成川美術館から浮世絵と似た景色を眺めた。天気が良いときは富士山が見えると言う。浮世絵に描かれている険しい山は実際には存在していないもので、歌川広重は箱根の山の険しさを表現するためあえて強調して描いたと言われているとのこと。

スタートから約9時間30分、箱根宿の入り口にある箱根関所にたどり着いた。1619年に設置され、通行する旅人や荷物の取り締まりが行われていた場所である。1869年に廃止されたが、2007年に観光地として再現され、当時の様子を知ることが出来るようになった。箱根関所は全国に設置された関所の中でも、江戸防衛の拠点として重要視されていたため、とても規模が大きいものとなっている。関所では鉄砲などの武器類を持ち込む人間を取り締まったほか、江戸方面から関西方面に帰る「出女」を取り締まった。これは、大名の妻や子供が国元へ逃げ帰ることを防ぐためであった。箱根関所では出女を取り調べをする人見女という役人の像がある。出女は関所を通る時通行手形が必要で、通行手形には体の特徴や髪型などが詳しく書かれており、人見女はそれが本人と合致しているか細かく調べていた。河田さんとくっすんは、箱根関所のスタッフの道久さんに通行手形が書いてもらい、通行許可を貰った。

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エンディング (その他)
16:58~

視聴者からのメッセージを紹介。東海道旅ワクワクします、応援してますとのメッセージにくっすんは泣きそう、励みになりますと話した。

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歌川広重
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東海道五十三次

スポット

グルメ

田中家
甘酒茶屋
産直青魚専門 御厨

レジャー/交通

品川駅
藤沢宿
箱根関所
小田原城
天成園
映画村
東京スカイツリー
高輪大木戸跡
南谷戸の大わらじ
生麦事件参考館
成川美術館
かわさき宿交流館

宗教

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鶴岡八幡宮
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情報/通信

東京タワー

政治/経済/地方自治体

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