相葉雅紀が号泣!熱闘甲子園直前SP 号泣甲子園

放送日 2019年8月4日(日) 15:00~16:25
放送局 朝日放送

番組概要

オープニング (その他)
15:02~

オープニング映像が流れた。

熱闘甲子園SP 号泣甲子園 (バラエティ/情報)
15:06~

2008年8月の「全国高校野球選手権記念大会」で新潟県央工業と戦った報徳学園の氏家大輔さんは、父とのキャッチボールがだった。大輔さんが試合になると父はいつもビデオテープを回し、勇気づけてくれた。父は大輔さんだけでなく、野球部全員に熱い声援を送っていた。そんな父は高校2年生の冬、ガンを患って肝臓にまで転移していた。父のスケジュール帳には既に甲子園の文字があり、応援を大輔さんと約束していた。バックネット裏には父のために特別席が用意されていたが、練習試合前に父は亡くなってしまった。通夜には野球部員も参列して涙していた。

2008年7月、甲子園をかけた東兵庫大会で報徳学園は勝ち進んでいたが、大輔さんの調子は悪く、打率1割台だった。試合は1体1のまま延長12回までもつれこんだが、父への思いもあった大輔さんはサヨナラ勝ちで甲子園出場を決めた。父との約束を果たした大輔さんは甲子園1回戦の新潟県央工業との対戦で、気持ちだけが空回りしていた。2点を追う展開でツーアウト3塁、ヒットは1本だけの報徳学園で大輔さんはチャンスを掴み、公式戦初のホームランを出した。大輔さんは当時を振り返り「父親のポジティブな言葉がよぎった」などと語っていた。

ゲストのIKKOさんは氏家大輔さんについて「お父さんの強い思いが打たせてくれた」などと話し、岡田結実さんは「自分は弱音を吐かずにいられるのかなと思ってしまった」などとコメントしていた。現在、大輔さんは銀行員で浜甲子園支店に勤務しているという。

大阪桐蔭 春夏連覇に秘められた主将の涙

キーワード
全国高校野球選手権記念大会
ガン
氏家大輔さん

熱闘甲子園SP 号泣甲子園 (バラエティ/情報)
15:24~

2017年の夏の甲子園では、大阪桐蔭がこの年の春の選抜で優勝してそれから無敗、春夏連覇が期待されていた。次期キャプテンの中川卓也選手が注目される中、仙台育英と対戦した大阪桐蔭は7回まで0対0、ランナーを2塁において2年の中川選手がヒットを打った。1点をリードしたまま9回、平凡なショートへの打球だったが、ファーストを守る中川選手がベースを踏み外すミスをしてしまった。思いがけないミスから満塁のピンチを迎えた大阪桐蔭は、逆転負けした。宿舎に帰っても涙が止まれない中川選手に、福井選手が押しかけて励まし続けていた。

試合に負けた翌日には、前日大きなミスを犯してしまった中川選手が新キャプテンになった。責任感が強いという中川選手は仲間からもらった「主将力」という言葉をもとに、練習を始めた。しかし、熾烈なレギュラー争いでチームはまとまりを欠くこともあった。そのため、中川選手はやる気がないような選手に対してはグランドから帰らせて強いキャプテンであり続けようとしていた。中川選手が嫌われてもいい覚悟でのぞんだ2018年春の選抜大会は優勝した。そして夏の甲子園では、ミスで相手にチャンスを与えてしまう。その後、逆転を狙うチームは中川選手は仲間を呼び寄せて、落ち着きを取り戻させようとした。大阪桐蔭は決勝戦までコマを進め、春夏連覇を達成した。中川選手は嫌われるキャプテンを目指したが、誰よりも愛されるキャプテンとなっていた。

勝又さんは優勝した後の「キャプテンがいたからこのチームはうまくまとまったんだという根尾くんのインタビューが素敵だった」などとコメントした。

去年の夏、沖学園の吉村選手が放ったヒット、打球を追った北照のレフトである岡崎選手の足がつってしまった。そこに相手選手が水を持ってきてくれた。両チームのアルプススタンドからは拍手が沸き起こっていた。

キーワード
全国高校野球選手権大会
中川卓也選手
福井章吾選手
根尾昂選手
岡崎翔太選手

熱闘甲子園SP 号泣甲子園 (バラエティ/情報)
15:44~

福島県伊達市にある聖光学院は夏の甲子園、戦後最長12年連続出場を果たしている。部員120人の中でメンバー入りできるのは20人だった。夜10時に練習を終えて帰って来た拓巳さんは、夜ご飯を食べていた。父は柔道選手で同じ道を息子にも歩んで欲しかったと話し3年間腐らずに出来るか心配していた。しかし、拓巳さんは野球道具をとっておくほど野球にのめり込み、2年生秋には背番号13を手に入れていた。バッティングをかわれた拓巳さんだったが、5月春の県大会にはメンバーに入れなかった。チームの事を優先してしまう拓巳さんの事を、清水主将は誰よりも信頼していた。

夏の福島大会開幕3日前、3年生だけの卒業試合が行われた。下級生などが見守る中、レギュラー以外の3年生が出場し、レギュラーがベンチで見守る。最後の夏にレギュラー入りを果たせなかった拓巳さんの第1打席は、見逃し三振だった。両チームは一つのベンチに入り、連取1人1人に声援を送っていた。拓巳さんはチームに必要な事を怠らず、彼らを見て応援するレギュラー陣も涙していた。試合が進むにつれて、3年生のチームは涙があふれていた。ここまで3打席ノーヒットの拓巳さんは8回、最後の打席でセンター前ヒットを打って試合は終了した。終了後は3年生全員で肩を抱き合って泣いていた。

スタジオトーク。相葉雅紀は、「阿部くんのやってることがレギュラーの人たちにもちゃんと伝わってるし阿部くん大好き」などと話した。北斗晶は、「最後は椅子取りゲームみたいなもの。私だったら蹴落としてでも…という気持ちになってしまうかも」などと話した。

今年から海をわたりメジャーにいどんでいる菊池雄星。彼のグローブには東北の地図が描かれ星のマークが。星が示しているのはふるさと岩手県。菊池が野球をはじめたのは小学3年生。豪快なフォームで中学生の頃には135kmを投げるまでに成長。東北選抜として活躍した彼のもとには全国の名門校から誘いがあった。しかし菊池が選んだのは花巻東高校。部員は岩手県出身者のみ。当時の菊池は、岩手で育った自分たちが岩手のために恩返しをするのが役割。「弱い」と言われている岩手を変えたいなどと話していた。当時の岩手県勢は、甲子園で10年の間に春夏でわずか2勝。強豪校との試合では10点以上の大差で敗れることもあった。菊池はミーティングで「岩手から日本一」と宣言。その気持ちが皆に感染。菊池は皆が嫌がることも率先してやり、チームにそういう姿を見せて引っ張ったという。

当時の花巻東は、バスを降りてベンチまで行く時間を「0回の攻撃だ」と言って心に余裕を作った状態で1回に入るようにしていたという。「日本一」への取り組みは3年生春選抜大会でかたちになる。チームは勝ち上がり決勝の舞台へ。日本一こそ逃したが、岩手県勢初の準優勝を達成した。この結果がチームに暗い影を落とす。県民から英雄扱いを受け浮かれてしまい、グラウンド整備が適当になるなどしたという。ピンチに声をあげたのは菊池。原点に戻ろうと話し、それ以降チームは練習を厳しめに行い、もう1度エンジンをかけたという。見事春夏連続となる甲子園出場をはたした花巻東。岩手から日本一を目指す最後の夏がはじまる。

一つにまとまった花巻東は快進撃をみせる。菊池も投手ながらスライディングをみせるなど、全力プレーでチームを引っ張った。日本一まであと3勝の準々決勝、明豊戦で異変が起こる。全力プレーの代償で菊池の体は悲鳴をあげていた。菊池が降板し逆転を許した花巻東だったがメンバーらの奮闘で逆転勝利をつかんだ。準決勝、中京大中京戦で敗れた花巻東。泣き崩れる菊池をチームメンバーが支えた。

菊池雄星の花巻東高校時代、野球部の奮闘を紹介した映像を振り返りトーク。相葉雅紀は、全てを投げ出しても良いと思える仲間ができたというのがスゴイ財産だと思うなどと述べた。勝俣州和は、彼らを育てたのは野球への愛だったと思うなどと話した。

「球児に贈られる “最後の言葉”」

キーワード
全国高校野球選手権大会
伊達市(福島)
阿部拓巳選手
清水正義主将
菊池雄星選手
シアトル・マリナーズ
甲子園
選抜高校野球大会

熱闘甲子園SP 号泣甲子園 (バラエティ/情報)
16:18~

甲子園ちょっとええ話。甲子園での戦いを終え宿舎に戻った選手たちに監督が最後の言葉をおくるラストミーティング。池田高校の蔦文也監督は1987年、「甲子園に出た者は最後まで友情を持ち続けるようにせなあかん」などと選手たちに言葉をおくった。日大三の小倉全由監督は2009年、「甲子園で泣けるのは幸せ。勝たせられなくて申し訳ない。胸張って帰ろう」などと選手たちに言葉をおくった。

キーワード
甲子園
蔦文也監督
小倉全由監督

エンディング (その他)
16:21~

エンディングトーク。ヒロド歩美は、明後日からはじまる熱闘甲子園でも球児の裏側などをお伝えします。などと番宣をした。相葉雅紀は、球児の皆さんはほんと大人。情熱もってやっている姿は本当に素晴らしい。僕らはテレビで応援させていただきます。頑張ってください!などと話した。

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  1. 8月4日 放送