日本人とお茶の物語〜おもてなしの誕生〜 茶の湯の秘密!世界遺産と信長・秀吉

放送日 2018年7月16日(月) 9:55~10:53
放送局 朝日放送

番組概要

オープニング (その他)
09:56~

日本におけるお茶の歴史、世界への影響について取り上げる。東京五輪招致の決め手ともなった「おもてなし」は茶道から生まれた。イギリスでの紅茶の流行、中国の「アヘン戦争」なども日本茶が起源とされる。

キーワード
東京五輪
おもてなし
アヘン戦争
紅茶

日本人とお茶の物語〜おもてなしの誕生〜 (バラエティ/情報)
09:57~

日本茶のルーツといわれる、栂尾山高山寺をモーリー・ロバートソンが訪ねた。鳥獣人物戯画を所蔵していることなどで有名。境内には「日本最古の茶園」の碑と、当時から残る茶畑がある。寺を鎌倉時代に再興した明恵上人が数株の茶を植えて茶をたしなみ、訪れたものに茶の実を分け与えて広めたといわれている。宇治茶などはここの茶の実がルーツだそう。

続いて京都・祇園の南にある建仁寺へ。風神雷神図屏風を所蔵。住職が枯山水の庭園を案内してくれた。開祖の栄西禅師が抹茶の製法と種を日本に持ち帰ったという。高山寺の明恵上人にお茶の種を渡したのも栄西禅師だそう。当時は日本茶を薬としても使ったといい、「喫茶養生記」に記されている。修行僧は1日2時間半の睡眠で修行したといい、抹茶を眠気覚ましに使ったという。当時の茶の飲み方は中国の宋代の風習を持ち帰ったもので、今の日本の茶道が作られたのはさらに後。霊源院で約800年前のお茶のたて方を披露してもらった。

建仁寺では毎年4月20日、栄西禅師の生誕日に「四頭茶会」が開かれる。禅院茶礼にのっとり、4人の僧侶が32人の客を抹茶でもてなす。昔は高山寺でとれた栂尾茶を「本茶」、宇治茶などを「非茶」と呼び、産地を当てる「闘茶」が遊びとして催されたという。バサラとして知られる佐々木道誉などが嗜んだといわれる。一休宗純は13歳から17歳まで霊源院に学び、のちに茶道を禅の修行に用いた。住職は続いて一休式のたて方で抹茶をたててくれた。一休の教えは、茶器は自然物を切り取って作られ人に奉仕するというもので、茶を出す者も飲む者も自然の働きにわびるという考えから「侘び茶」が生まれたという。

続いて一休宗純が晩年のすみかとした酬恩庵へ。

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栄西禅師
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佐々木道誉
一休宗純

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10:15~

続いて一休宗純が晩年のすみかとした酬恩庵へ。後小松天皇の血筋を持つことから、天皇家を表す菊の紋章が残る。京都・東山の庵を移築し「虎丘庵」として住んだ。茶人の村田珠光は11歳で奈良の称名寺に出家したが20歳で破門された過去を持ち、ここで禅の精神を学び「侘び茶」の開祖となった。

続いて慈照寺へ。村田珠光はここで足利義政に茶道を教えた。足利義政の書斎・同仁斎は四畳半の間取りで、日本伝統の茶室のもととなったという。ふすまから庭を望む作りなどは一休寺の虎丘庵とも共通している。村田珠光の「侘び茶」は武野紹鴎、千利休へと受け継がれ、茶道のもととなった。

天王山のふもとの「妙喜庵」は千利休の茶室のうち、現存する唯一のもの。わずか2畳の広さの茶室は、千利休のデザインで広く見える作りとなっている。茶室は日本特有の茶を飲むためだけの建物で、その後各地に広まった。「龍安寺」の茶室には水戸光圀による手洗いの「蹲居」があり、「吾唯足るを知る」の文字が刻まれている。「高山寺」の茶室は「遺香庵」、「鹿苑寺」の茶室は「夕佳亭」。京都の世界文化遺産の寺にはすべて茶室がある。

織田信長が天下を統一すると、茶の湯はもてなしの手段として広く用いられた。「戦国おもてなし時代」の著者でもある東京大学・金子拓准教授を安土城跡に招き、当時について聞いた。茶の湯は許可制となり、茶器には一国一城の価値を持つものも生まれたという。その後豊臣秀吉は大阪城に黄金の茶室を作りもてなした。

豊臣秀吉は北野天満宮で「北野大茶湯」と呼ばれる大規模な茶会を開き、身分を問わず茶の愛好者を招いた。現在は毎年2月25日の「梅花祭」で茶の湯がふるまわれている。

お茶の文化はその後海外にも広まった。オランダの「東インド会社」は1610年に初めて茶を輸入、ヨーロッパに茶の文化が生まれた。イギリスでは1657年にコーヒーハウスのメニューとなり広まった。イギリスではその後、緑茶に代わり紅茶が普及し、アフタヌーンティー文化が生まれた。中国との「アヘン戦争」は中国から大量の茶を手に入れるため起こしたといわれる。

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10:31~

大徳寺には茶にまつわるものが数多く残る。「孤篷庵」は小堀遠州が作った庵で、赤土の枯山水庭園などが残る。庭園の植木を曲線を用いて刈る、手洗いの蹲居にサイフォン式を採用するなどは西洋の文化を取り入れた。茶室の「忘筌席」は庭の風景の必要最小限を切り取る窓、日光を取り入れて天井に反射させる間接照明などを取り入れている。住職が寺に伝わるしきたりで茶の湯をいれてくれた。

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大徳寺
小堀遠州
孤篷庵

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10:39~

続いて聚光院へ。千利休が作った「百積の庭」が残されている。寺には千利休の墓があり、子孫やその後生まれた茶道の表千家・裏千家・武者小路千家の家元の墓が並ぶ。茶室「閑隠席」は千利休の没後150年を記念して寺に寄進された。

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表千家
裏千家
武者小路千家

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10:44~

モーリー・ロバートソンが「表千家 不審菴」へ。天下人を招いた広い茶室「残月亭」などがある。「松風楼」で現在の表千家家元・猶有斎千宗左さんにお茶をいただいた。茶の湯の今後について聞くと、家元は今年襲名したばかりで、日本人のおもてなしの心を世界に誇るものとして受け継いでいきたいと答えた。

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表千家

エンディング (その他)
10:50~

モーリー・ロバートソンが取材を振り返り、お茶とおもてなしを日本人の心として受け継いでいきたいと答えた。宇治茶の文化的景観を世界文化遺産として推薦するための取り組みが始まっていると紹介した。

キーワード
宇治茶
世界文化遺産

スポット

レジャー/交通

安土城
表千家 不審菴

宗教

称名寺
慈照寺
高山寺
妙喜庵
一休寺
建仁寺
酬恩庵
龍安寺
鹿苑寺
聚光院
大徳寺
  1. 7月16日 放送