司馬遼太郎の世界 高島礼子の九州探訪〜大分から長崎へ龍馬がたどったみち〜

放送日 2018年5月26日(土) 2:44~ 3:39
放送局 朝日放送

番組概要

オープニング (その他)
02:45~

約150年前、大分県佐賀関に坂本龍馬が訪れた。坂本龍馬の存在を現代に広めたのは作家の司馬遼太郎。司馬遼太郎の最大のヒット作は、坂本龍馬の生涯を小説化した「竜馬がゆく」。今回は、大分県佐賀関から長崎県に向かった坂本龍馬と勝海舟の足跡を「竜馬がゆく」とともにめぐる。

キーワード
坂本龍馬
高知県立坂本龍馬記念館
司馬遼太郎
竜馬がゆく
勝海舟
薩長同盟
船中八策
大政奉還
佐賀関(大分)
長崎県

司馬遼太郎の世界 (バラエティ/情報)
02:50~

約150年前、坂本龍馬と勝海舟は長崎へ向かうために大分県佐賀関に上陸。この時、イギリス・フランス・オランダ・アメリカの4つの国が下関を攻撃する準備を進めていた。勝海舟は幕府から攻撃を中止させるよう命じられ、長崎へ交渉に向かった。坂本龍馬は生涯で唯一、勝海舟を人生の師と仰いだ。佐賀関にある徳応寺に勝海舟と坂本龍馬は宿泊したという。約150年前、10代目住職の書いた絵日記「日本人物誌」に、幕府の役人らが泊まった様子が書かれている。幕府の役人たちは2階の大広間に宿泊し、坂本龍馬たちは本堂に宿泊したという。勝海舟は船旅に弱かった、という説がある。この説を書いたのは、福沢諭吉。「竜馬がゆく」の中でも、福沢諭吉が自伝で勝海舟の船旅への弱さを書いたことが綴られている。「日本人物誌」では、坂本龍馬が訪れたときには名前がなかったが、帰るときには名前が書かれている。10代目住職が、本堂が寒いので2階の大広間に龍馬たちを泊めたので、家来の名前を勝海舟に聞いて書き留めたのだという。18人の家来のうち8人の名前が書かれている。

キーワード
坂本龍馬
勝海舟
竜馬がゆく
佐賀関(大分)
長崎県
徳応寺
日本人物誌
慶應義塾大学
イギリス
アメリカ
フランス
オランダ

司馬遼太郎の世界 (バラエティ/情報)
02:58~

鶴崎御茶屋は参勤交代の海の窓口、栄えた町。鶴崎における政治、経済、軍事などの機能を持っていたと言われている。ここから肥後藩の熊本城まで伸びる道が肥後街道。幕府に命じられ長崎へ向かったとされている坂本龍馬たち。当時はここから熊本まで4泊5日だったそう。当時、勝海舟は鶴崎は豊かな場所だったと書いていた。

大分・野津原は江戸時代、宿場町として栄えた町。ここに古くから伝わるおもてなし料理「自然薯のおとし汁」がある。地鶏とゴボウを炒めて醤油ベースの出汁でいただくシンプルな料理。主役は自然薯。しっかりとした粘りが特徴。

今市もかつて宿場町として栄えた山間の集落。全長660m、幅2mの今市石畳が今でも残っている。大志を抱く坂本龍馬の九州の旅がついに熊本へ。

キーワード
鶴崎御茶屋跡
鶴崎(大分)
肥後街道
勝海舟
坂本龍馬
野津原御茶屋跡
野津原(大分)
自然薯のおとし汁
ゴボウ
自然薯
地鶏
今市(大分)
今市石畳

司馬遼太郎の世界 (バラエティ/情報)
03:09~

九州に上陸した坂本龍馬は、大分市佐賀関に上陸して阿蘇を抜けて熊本にやってきた。今回最初に訪れたのは熊本県のシンボル「熊本城」だ。熊本城は震災で被害に遭い、今もまだ復興作業が進められていて、完全復旧までは20年かかると言われている。

高橋公園には勝海舟とともに坂本龍馬の銅像が立っている。横井小楠は幕末維新期の大思想家で熊本出身だった。次は熊本市内にある小楠縁の地に向かうことにした。

やってきたのは横井小楠記念館だたった。小楠は熊本藩士だったころ、松平春獄の政治顧問として幕政改革に貢献し、龍馬に大きな影響を与えた人物だった。この場所には四時軒を再現した建物があったが、熊本地震の影響で倒壊し、記念館も今は休館している。龍馬が表した船中八策の原案は、小楠が幕政改革案として掲げた国是七条だったと言われていて、内容は幕府に対し私事の政治を公共の政治にすることや、参勤交代を廃止し、報告制度にすることなど、現代の考え方に非常に近いことがわかる。こうして龍馬は勝海舟や小楠からいろんな物を吸収し、将来の国造りの考え方を膨らませていった。そしてとうとう旅は最終目的の長崎県に到達する。

キーワード
坂本龍馬
熊本城
阿蘇市(熊本)
勝海舟
高橋公園
横井小楠
松平春獄
大久保一翁
司馬遼太郎
竜馬がゆく

司馬遼太郎の世界 (バラエティ/情報)
03:23~

長崎市にやってきた。坂本龍馬が勝海舟とともに、大分から熊本をへて長崎についたのは150年前。竜馬にとってはじめての長崎だった。下関攻撃をやめるよう、幕府から交渉役を任された勝海舟。およそ一ヶ月、竜馬とともに、長崎に滞在。竜馬は、この地で大きな構想を描いた。長崎は異国情緒があふれている。竜馬は私設艦隊を作る提案をした。会社というものを日本で誕生させる。1865年いは亀山社中が結成された。薩摩藩名義で、大量の小銃や蒸気船を購入し、のちに薩長同盟締結。亀山焼を龍馬は愛用した。

高田さんの先祖は、亀山社中に土地を貸していたとされる。亀山焼を、三川内焼の窯元に依頼し再興させた。中国産の呉須を使用している。長崎の名だたる絵師と陶工を集めて当時の最高の技術で亀山焼が作られたという。長崎特有の多彩な図柄。復刻しレプリカを作るのは難しかったという。当初はオレンダ船向けの水がめを焼いていたという。亀山焼の跡地なので、龍馬が亀山社中と名付けたのではないかといわれている。

キーワード
竜馬がゆく
勝海舟
坂本龍馬
薩長同盟
船中八策
大政奉還
司馬遼太郎
長崎奉行所跡
長崎市(長崎)
大分県
熊本県
亀山社中の跡
亀山社中
亀山焼
中通り商店街
とんかつ 文治郎
三川内焼
呉須
平戸焼
有田焼
波佐見焼
崎陽亀山焼
中国

司馬遼太郎の世界 (バラエティ/情報)
03:33~

中通り商店街は江戸時代から続く長崎の最も古い商店街。司馬遼太郎『竜馬がゆく』4巻の中の、竜馬が商店街で香水を求めたエピソードを紹介した。

師匠である勝海舟とともに大分から熊本を経て長崎へ渡った竜馬。「竜馬がゆく」には竜馬が「長崎はわしの希望じゃ」などと言葉を残したエピソードがあり、この一文は風頭公園の碑にきざまれている。

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中通り商店街
竜馬がゆく
竜馬
長崎県
司馬さん
大分県
熊本県
風頭公園
勝海舟
司馬遼太郎

エンディング (その他)
03:37~

エンディング映像。坂本龍馬は慶応3年、京都近江屋で暗殺された。享年34だった。

キーワード
京都近江屋
坂本龍馬
  1. 5月26日 放送