英樹&彬のなるほど鍋奉行 2017年1月22日放送回

放送日 2017年1月22日(日) 13:55~15:20
放送局 朝日放送

番組概要

オープニング (その他)
13:55~

食通として知られる高橋英樹と中尾彬が鍋のルーツを探る旅に出る。

キーワード
鍋料理

オープニング (その他)
13:58~

山口県下関市の関門海峡で山崎弘也が高橋英樹と高橋真麻を紹介。この時期、国民の2人が1人が週に1回以上鍋料理をするという。そんな鍋には偉人との密接な関係があるという。芸歴55年の同期生である中尾彬と高橋英樹が旅に出て探る。

キーワード
関門海峡
下関市(山口)
クックパッド
鍋料理

英樹&彬のなるほど鍋奉行 (バラエティ/情報)
14:00~

高橋英樹は「”ふぐ”というのは”不遇”という意味につながるので”ふく鍋”という言い方をする。今回は”ふぐ”でもいいですが」と語った。豊臣秀吉がふぐを食べることを禁じ、それは明治時代まで続いた。ふぐ食を解禁した人物とは誰なのか、唐戸市場の人に聞き込みをした。木村水産のふぐ唐揚げを食べた。ここでとある女性が真麻の手を引っぱってある場所へつれていこうとした。

このあとは「連れて行かれた先はまさかの◯◯!?」

キーワード
下関市(山口)
鍋料理
唐戸市場
木村水産
ふぐ唐揚げ
ふぐ
ふく鍋
ふぐ鍋

英樹&彬のなるほど鍋奉行 (バラエティ/情報)
14:06~

とある女性が真麻の手を引っぱってある場所へつれていこうとした。連れて行かれたのは「ふく問屋 海」。新鮮なネタを一貫からテイクアウトできる寿司を販売している。魚卸し直営なので安い値段で提供できるという。一行は唐戸市場内のグルメを堪能した。伊東繁商店で聞き込みをした結果、ふぐ解禁のきっかけとなった人物は伊藤博文だと教えられた。2008年9月30日付の「みなと新聞」の記事が紹介された。「伊藤博文が下関でフグ食を解禁してから今年で120年目になるのを記念し」という文面が読み上げられた。1888年頃に下関の春帆楼で伊藤博文がふぐ食を解禁させた。

このあとは「女将のヒラメキが奇跡を起こす!?」

春帆楼に一行はやってきた。大隈重信や伊藤博文が利用したこともある。1895年春帆楼の広間で日清講和条約(下関条約)が締結された。巌流島(船島)も見える宿だ。「ふくフルコース」はお1人様26136円。一行はとらふぐ薄造り菊盛り、とらふぐ白子蒸しなどを堪能した。ふぐ食が解禁されたのは明治20年頃。春帆楼で伊藤博文らが会食をしていた。そんなとき春帆楼の女将は焦っていた。海が大しけで食材が用意できなかった。立派なふぐがあったが、当時は禁止されていた。

キーワード
下関市(山口)
唐戸市場
ふぐ
ふく問屋 海
マグロ
中トロ
ふぐ汁
伊東繁商店
伊藤博文
みなと新聞
春帆楼
大隈重信
日清講和条約
ふくフルコース
巌流島
船島
とらふぐ薄造り菊盛り
とらふぐ白子蒸し
とらふぐ真丈清まし仕立て
とらふぐ唐揚げ

英樹&彬のなるほど鍋奉行 (バラエティ/情報)
14:17~

春帆楼で伊藤博文らが会食をしていた。そんなとき春帆楼の女将は焦っていた。海が大しけで食材が用意できなかった。立派なふぐがあったが、当時は禁止されていた。まずいものを出すぐらいならふぐを出そうと女将は決意した。じつは下関の民はこっそりふぐを食べていた。ふぐ刺しを出したところ伊藤博文は「うまい!この魚の名前はなんというのだ?」と言った。禁令の魚とわかると伊藤博文は怒ったが、女将の「下関の民はふぐの調理を心得ている」という言葉を聞き、この地に限りふぐを食べることを許すこととした。春帆楼ではVIPが多く出入りしていたため、鍋料理は一人分ずつ取り分けて提供していた。今もその作法は受け継がれている。鍋の後に味噌汁を食べるのが春帆楼のやり方だ。鍋の残り出汁で作るのが味噌汁で、専用の出汁を使うのが締めの雑炊だという。雑炊を食べた高橋英樹は「うまいねこれは」と語った。ふぐ鍋のルーツは伊藤博文と女将の勇気だった。

結婚生活39年の中尾彬と池波志乃。中尾彬は学生時代からよく鍋を作ったという。中尾鍋はウィキペディアにも掲載されている。白菜と豚バラ肉のミルフィーユ鍋で約50年前、大学在学中に考案した。東京で明治初期に牛鍋が一大ブームとなった。

日本に牛鍋が登場したのは幕末、1862年(文久2年)。横浜で居酒屋を営んでいた夫婦が牛鍋屋を開店。しかし牛肉は外国人しか食べなかった。牛鍋屋を開くことを妻に伝えた夫だが、妻はなかなか首を縦に振らなかった。

キーワード
下関市(山口)
ふぐ
伊藤博文
春帆楼
とらふぐちり大鍋
ふぐ刺し
とらふぐ味噌椀
とらふぐ雑炊
ふぐ鍋
鍋料理
ウィキペディア
中尾鍋
白菜
豚バラ肉
日本橋(東京)
牛鍋
すき焼き
横浜(神奈川)
牛肉

英樹&彬のなるほど鍋奉行 (バラエティ/情報)
14:32~

明治10年頃には日本橋や銀座界隈を中心に、牛鍋屋は558軒もあったという。当時の牛鍋屋の様子を伝える朝野新聞の記事が紹介された。明治2年創業の「伊勢重」に山崎弘也、中尾彬、池波志乃一行はやってきた。「伊勢重」6代目店主の宮本重樹さんが牛佃煮を一行に勧めた。これは肉を長期保存できるように醤油・生姜のみで濃く味付けしている。創業当時は店に石を投げられたりしたので店の塀を高くしていたという。明治天皇が初めて牛肉を召し上がったという記事が出るまではアウトなものだったと宮本さんは語った。福沢諭吉が牛肉を勧める冊子を発行したことで風向きが変わった。さらに文豪と呼ばれる森鴎外、夏目漱石、芥川龍之介らの作品に取り入れられたことで、牛鍋を食べない者は文化人ではないという世の中へと変容した。

牛鍋屋を開くことを妻に伝えた夫だが、妻はなかなか首を縦に振らなかった。夫は、店の真ん中に間仕切りをして片方は居酒屋、片方は牛鍋屋として営業した。ある日、とある客が牛鍋を食べると絶賛。匂いにつられて食べた他の客も絶賛した。その後牛鍋は東京にも広がった。

一行は創業1869年の丸善にやって来た。「丸善Cafe」には牛鍋と関係の深い洋食があるという。「ビーフプレミアム早矢仕ライス」が紹介された。実はここはハヤシライス発祥の地と言われている。丸善創業者の早矢仕有的は、当時医者でもあった。子どもたちに滋養をつけさせようと牛鍋の残り汁に白いご飯を入れた。それをヒントにハヤシライスが生まれたというエピソードを丸善の小方岳人さんが語った。早矢仕有的は、福沢諭吉の門下生だった。

港区新橋に山崎弘也、中尾彬、池波志乃がやってきた。創業1880年の「今朝」(港区東新橋)を紹介。永井荷風や獅子文六の作品にも名前が登場する名店だ。5代目店主の藤森朗さんが出迎えてくれた。今朝のすき焼を食すことになった。藤森さんは、「霜降りのお肉を板前が1枚1枚手切りしている」と説明した。すき焼の肉を食べた中尾は無言だったが、「いや美味かったら何も喋らないんだ」と語った。牛鍋は居酒屋店主の思いつきで誕生し、その後、日本の食文化発展の礎を築いた。

高橋英樹親子と中尾彬夫妻は厳島神社の鳥居が見える場所にやってきた。広島名物のカキの土手鍋にはどんな歴史が隠されているのかを探る。マリリン・モンローとジョー・ディマジオが新婚旅行で訪れたのが宮島だ。一行は表参道商店街で世界一の大杓子を見た。高橋真麻がおみくじを引くと中吉だった。

1912年創業の「紅葉堂」へやってきた。揚げもみじを食べた高橋英樹は「めっちゃ美味い!」と感想を語った。一行はカキの調査を忘れて広島の美味いものを食べまくった。「木島商店」で「焼きガキ」を一行は食べた。

広島でカキの養殖が始まったのは1532年~55年の戦国時代。地元の漁師が干潟のいわばについているのを発見。周囲に小石を並べてみると、その小石にもカキが付着。カキは一度岩などに付着すると一生を同じ場所で過ごす。そこに着目した漁師が養殖に成功した。カキの養殖技法は漁師のひらめきからだった。

旅館「岩惣」へ移動。中尾彬と高橋英樹が同じ人力車に乗った。二人のデビューは東京五輪の前だ。池波志乃は高橋英樹の相手役だったことがあり、さらに中尾彬は高橋英樹の妻・小林亜紀子の相手役をしたことがある。中尾と池波志乃は、池波志乃が21歳のときに付き合い3カ月で結婚した。

1854年創業の旅館「岩惣」へ到着。女将の岩村玉希さんが出迎えた。伊藤博文らも訪れた宿だ。2016年には「G7広島外相会合におけるおもてなし」を開催した。伊藤博文が宿泊した際のエピソードから誕生したのが「もみじ饅頭」。伊藤博文が女性の手をとり「まるでもみじみたいな手だな」と語ったことから生まれた。当時は、岩惣から依頼を受けた「高津堂」が製造。当時は現在のような形ではなく鹿が描かれていた。

カキの土手鍋をいただく前に、まずは蒸し焼き牡蠣を食べて素材の旨味を確かめる。真麻は過去に牡蠣を40個食べて3回あたり食べられなくなったという。

高橋家は代々大食いだという中尾彬。英樹は当時お金がなく、その立ち食い寿司屋に300円出せば好きなだけ食べさせてくれると言われ、ロケ帰りに108個食べたという。そしてその後救急車を呼んだと話した。

そして、広島で古くから愛されてきたカキの土手鍋が登場。旬の野菜と、カキから出る旨味を合わせ味噌で煮込んだまさに広島鍋。味噌を鍋の縁につけ、土手を崩しながら食べるという土手鍋。カキの魅力が違って美味しい、と山崎がコメントした。

久しぶりの地方旅で英樹と彬のお酒も進み、話題は青年時代の話に。当時彬がモテていたと話した。

キーワード
日本橋(東京)
牛鍋
横浜(神奈川)
牛肉
東京都
朝野新聞
銀座(東京)
伊勢重
牛佃煮
醤油
生姜
文明開化
明治天皇
新聞雑誌
福沢諭吉
肉食之説
森鴎外
夏目漱石
芥川龍之介
丸善Cafe
ビーフプレミアム早矢仕ライス
早矢仕有的
丸善
ハヤシライス
獅子文六
永井荷風
断腸亭日乗
ちんちん電車
今朝
すき焼
東新橋(東京)
厳島神社
カキ
カキの土手鍋
廿日市市(広島)
宮島
マリリン・モンロー
ジョー・ディマジオ
表参道商店街
紅葉堂
揚げもみじ
木島商店
焼きガキ
岩惣
東京五輪
小林亜紀子
伊藤博文
G7
萬朗報
もみじ饅頭
高津堂
B&B
吟醸酒香る焼牡蠣

英樹&彬のなるほど鍋奉行 (バラエティ/情報)
15:12~

一番モテていたのは梅宮辰夫さん、銀座に行くための背広を作ったりしていたという。モテなかったのは石原裕次郎さんだという。裕次郎は超人気者だから外に出られない、旅行に行っても有名な俳優は部屋に残る。

別の鍋があると言われ驚く鍋奉行。このあとは宮島名物を鍋にした岩惣の新メニュー!!英樹&彬も初の具材とは!?

キーワード
梅宮辰夫
石原裕次郎
ゆうたろう
慎太郎さん

英樹&彬のなるほど鍋奉行 (バラエティ/情報)
15:16~

出て来たのはあなご鍋。新メニューとして2017年中に展開予定で、今回はじめてお客に出すという。真麻はいい和風出汁のお味とコメント。中尾はあなごの輪切りが正解だと絶賛。

キーワード
あなご鍋

エンディング (その他)
15:17~

今日の振り返り。地方に行って食べるのが特別なもの。中尾が「風土 IS FOOD」とコメント。

スポット

グルメ

今朝
紅葉堂
春帆楼
伊東繁商店
丸善Cafe
伊勢重
木村水産
牛佃煮
木島商店
高津堂
ふく問屋 海

レジャー/交通

岩惣

宗教

厳島神社

流通

唐戸市場

趣味/スポーツ

丸善
  1. 1月22日 放送