モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘「猪木VSアリ」 2016年6月12日放送回

放送日 2016年6月12日(日) 20:58~23:10
放送局 朝日放送

番組概要

オープニング (その他)
20:58~

人種差別と戦い続けたモハメド・アリが亡くなった。追悼パレードには10万人が参列、ビル・クリントン元大統領もメッセージを贈った。彼はアントニオ猪木と伝説の異種格闘技戦を繰り広げた。40年前に伝えられなかった戦う最中の言葉を紐解く。伝説の死闘をノーカット放送。

キーワード
モハメド・アリ
ビル・クリントン元大統領
人種差別
アントニオ猪木

モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木VSアリ (バラエティ/情報)
21:00~

12歳でボクシングをはじめたカシアス・クレイ(モハメド・アリ)。当時のアメリカには黒人差別が蔓延、ボクシングは黒人のアメリカドリームだった。1960年のローマ五輪でライトヘビー級の金メダルを獲得したが人種差別の現実を突きつけられ、金メダルを川に投げ捨てた。

1943年に生まれた猪木寛至(アントニオ猪木)は子供11人で生活苦、13歳で一家はブラジルへ移住した。コーヒー農園での生活は苛酷な労働だったが、アントニオ猪木は運動神経抜群で砲丸投げで州大会優勝、17歳の春に力道山にスカウトされ日本プロレスに入団、ジャイアント馬場と共にプロレスデビューを果たした。それはカシアス・クレイがローマ五輪で金メダルを獲得した年だった。

1960年10月、モハメド・アリはプロボクサーに転向、過激なパフォーマンスを見せる中、猛練習を繰り返し19連勝で世界タイトル戦に挑戦、ソニー・リストンを相手に6R TKO勝利。数日後、イスラム教に改宗しモハメド・アリと改名した。そこにはカシアス・クレイは侮辱的な名前だったという理由があった。

モハメド・アリは世界王者になったころアントニオ猪木はアメリカで戦っていた。猪木はボクシングへ誘われたこともあったという。

祖国アメリカとたった一人の戦い。

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モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木VSアリ (バラエティ/情報)
21:13~

モハメド・アリは王座を防衛し続け、ボクサーとして絶頂期を迎えていた1967年、ベトナム戦争の徴兵を拒否した。アリの言動はアメリカを揺るがした。タイトルを剥奪されライセンス没収、禁固5年罰金1万ドル。しかし3年7ヵ月後に無罪判決となった。アリには強い信念があった。アントニオ猪木はモハメド・アリは社会と戦っていた、ブレない信念がすごいとコメント。

リング復帰後の初世界タイトル戦。東京五輪金メダルのジョー・フレージャーを挑発したアリだが試合ではダウンを奪われ15R判定負け。限界説が囁かれる中、アリだけは自分を信じていた。

モハメド・アリは1974年キンシャサで世界ヘビー級タイトルマッチを行った。相手はジョージ・フォアマン。

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ジョージ・フォアマン

モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木VSアリ (バラエティ/情報)
21:22~

モハメド・アリは1974年キンシャサで世界ヘビー級タイトルマッチを行った。相手はジョージ・フォアマン。5Rにアリはガードを固めたまま打たれ続けたのちに反撃。ガードは相手を疲れさせるためだった。アリは8RにKOを奪い7年ぶりの王座奪回を果たした。この出来事は「キンシャサの奇跡」と呼ばれた。アリは「不可能なんてない」という言葉を残している。

アントニオ猪木は1972年に新日本プロレスを旗揚げ。不可能を可能にする挑戦がはじまった。

ボクシング最強王者モハメド・アリとの試合。緊迫の会話を徹底解析。歴史的一戦完全ノーカット放送。

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モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木VSアリ (バラエティ/情報)
21:30~

キンシャサの奇跡を起こしたモハメド・アリ。アントニオ猪木は1972年に新日本プロレス旗揚げ。同年ジャイアント馬場は全日本プロレスを旗揚げ。猪木の側近の新間寿は資金作りが辛かったと語る。そんなかでアントニオ猪木は異種格闘技戦に活路を見出した。まずウィリエム・ルスカと対戦し勝利。ザ・モンスターマンにも勝利したアントニオ猪木は、1976年にモハメド・アリと対戦した。

アントニオ猪木とモハメド・アリの対決がなぜ実現したのか。1975年3月、決戦の1年3ヵ月前。アリは挑戦する東洋人はいないかと発言しアントニオ猪木が名乗りを上げた。アリサイドと交渉した新間寿は、最初は相手にされなかったと語る。猪木はアリ側を挑発、600万ドルのファイトマネーを要求され、直接交渉。そして1976年3月25日、ニューヨークのプラザホテルで調印式が行われ、2人は初めて顔を合わせた。

ついにモハメド・アリが来日!歴史的一戦完全ノーカット放送。史上初!試合中の声を徹底解析。歴史的一戦の真実が明らかに!

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モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木VSアリ (バラエティ/情報)
21:43~

1976年6月16日、決戦10日前にモハメド・アリは来日。羽田空港には2000人のファンが押し寄せ、異様な熱気に包まれた。京王プラザホテルでの記者会見では300人の報道陣が集まった。アリは日本人は好きだが、イノキだけ嫌いだと話した。8日前に行われた日本外国特派員協会の記者会見で、松葉杖をコーナーポストに置くなど挑発を繰り返した。猪木は挑発を繰り返したアリにリングでお返しすると話していた。当時の練習パートナーだった藤原喜明は精神状態が異常だったと明かした。猪木は当時、アリの情報を聞くと心が揺れたと話した。アリはこの試合を楽観視していた。当時の録音テープにエキシビションマッチだと話していた。アリは通訳のケン田島にリハーサルはいつやるのかと聞いたが、真剣勝負だと答えたと話した。6日前に後楽園ホールで公開練習が行われた。アリは真剣勝負と知り、決戦に向け絞り込んだ。猪木は試合さながらのスパーリングを公開した。すると、アリが突如暴れだした。ここからは水面下の戦いとなった。

1976年6月23日、決戦3日前に最終調印式が行われ、生中継された。ここで、猪木はアリが静かに怒りだした。猪木はこれまでアリ側の条件全て飲んででも実現したいと思ったと話した。

1976年6月26日日本武道館で、格闘技世界一決定戦アントニオ猪木vsモハメド・アリが行われ、世界の14億人が視聴するビッグファイトとなった。ゲストには石坂浩二らも会場に訪れた。当時の実況だった舟橋慶一は異様な雰囲気だったと話した。カール・ゴッチ、藤原喜明、坂口征二らが猪木を務めた。モハメド・アリも多くのセコンドを擁した。今回は40年前の音声を解析、試合の肉声を完全網羅し、完全ノーカット放送。猪木自身が試合の真相を激白する。

1976年6月26日日本武道館で、格闘技世界一決定戦アントニオ猪木vsモハメド・アリが行われた。猪木は試合開始からリングに寝転がり、グラウンドに持ち込もうとした。アリはスタンドに持ち込もうとした。第1Rを終えても、アリの挑発は止まらなかった。猪木は余裕の表情を浮かべた。第2Rも両者互角となり、アリの挑発は続くが、猪木はグラウンドにこだわった。当時のことを猪木はアリのグローブはバンテージがセメントみたいに硬く、食らったら目が潰れるような4オンスを使っていた。猪木は1発食らったら終わりだったと話した。

第3ラウンドになったが、アリの口撃は止まらない。終始、挑発を続けるアリに、猪木は頑なに自分のスタイルを貫く。挑発に乗らない猪木に焦るアリ陣営は、ラウンド中にも関わらず揉めはじめた。そして、ラウンドが終了。アリの挑発が目立ったこのラウンドで、イライラがピークに達したのかセコンド陣の様子も変わってきた。実況の舟橋慶一アナウンサーは、セコンド陣がだんだんと焦り始めたと証言する。そして始まった第4ラウンド、相変わらず「疲れてきたな」などと挑発を続けるアリを、猪木はコーナーに追い詰めて蹴りを連発したが、ここはロープブレイクとなった。試合は再びグラウンドとスタンディングに戻り、睨み合う展開となった。「猪木は女だ。男なら勝負しろ」とアリの口撃はエスカレートする。だが、これまでのラウンドとは違い、「キックは禁止だと思っていた」など技への抗議が飛び出していた。

実は、この試合のルールはどれもプロレス技を封じるものばかりで、レスラー猪木はがんじがらめの中で戦うことを強いられていたのだ。アリの来日以降、ルールは試合直前まで何度も改訂されていた。そのため、実況を担当していた舟橋アナウンサーも、混乱したという。試合は第5ラウンドに突入した。膠着状態が続く中、猪木の回し蹴りが炸裂しアリのダウンを奪った。すかさず掴みに行く猪木だが、再びグラウンドとスタンディングに戻る。以降も蹴りを続ける猪木。勝機を発見したのか次のラウンドでついにアリを捕える。

第6ラウンドが開始した。猪木の強烈なキックがアリにヒットした。しかし、アリはダンスを披露する余裕を見せる。なおもキックを炸裂させる猪木の脚を掴むアリ。ここから試合は一気に動く。アリに脚を絡ませて倒し、この試合で初めてグラウンドに持ち込むことに成功した猪木は、よく見ると顔面に肘打ちを食らわせていた。だが、ここはロープブレイクとなりアリはロープに救われる形となった。アリ側のセコンドは猪木の肘打ちに詰め寄る。試合をVTRで観る猪木氏は「もうちょっと入ってたら終わり。俺も優しかったな…」と振り返った。試合の再開後、明らかに狼狽するアリ。猪木のセコンドであるカール・ゴッチは「ダウンさせろ。相手を近寄らせろ」と檄を飛ばす。猪木は微笑を浮かべた。5・6ラウンドで手応えを掴んだ猪木に対し、アリのパンチは一度も当たらない中、第7ラウンドが開始した。序盤とは打って変わり口数が減ったアリ。一方の猪木は果敢に攻めていく。お互い探りあう中で、アリのパンチが初めて猪木の顔面をかすめた。VTRを観て猪木氏は「避ける余裕はなかった。速さは相当なもの。翌日コブになっていた」と振り返る。そんなアリの反撃を受けても猪木は引かず、強烈な足蹴りをアリの太ももにヒットさせ、ダウンを奪う。ラウンド終わり、アリは脚を気にしながらコーナーに戻る。打たれ続けた脚は、腫れ上がっていた。

世界が注目する異種格闘技戦は後半戦へ突入した。序盤からグラウンドスタイルを徹底する猪木に、アリは苛立ち「猪木は女だ。男なら立って戦え」などと声を荒らげて挑発していた。しかし、猪木がグラウンドスタイルに持ち込んだ際の攻撃で試合は一変。猪木が試合を有利に進め始める。そしてこの後、アリがKO宣言をぶち上げていた第8ラウンドを迎える。ここで、アリ陣営が仕掛けてきた。ゴングが鳴ってもリングを降りようとせず、何かに抗議するアリ陣営のセコンド。猪木に対し、靴の先に何かを巻けと謎の要求をしていたのだ。脚にダメージが有るアリの治療の時間を延ばすためだったのか。そして試合が開始し、猪木の蹴りを受けたアリは思わず膝をついた。だが、すぐに立ち上がって猪木を挑発した。猪木は、その後も徹底して自分のスタイルを貫く。そんな試合の中、レフェリーは試合を中断。アリ陣営はテーピングを投げて再びシューズにそれを貼るように要求してきた。さらに、レフェリーの中断は度重なる。今までアリの挑発に冷静さを失わなかった猪木が、これには苛立ちを見せた。一方のアリはラウンド終わりに「大したことない。ノックダウンさせてやる」と声を荒らげる。猪木は、それが強がりなのか本当なのか、アリの脚を観察しながら引き上げていった。インターバルの間、猪木は「こっちまで来ない」と困惑を見せる。試合を振り返る猪木氏は「普通のボクサーなら倒れているはず。アリの脚の凄さ。あとで感心するけど、何かのプライドというか精神的な部分で(脚を)動かしている」と分析した。

第9ラウンドが開始した。これまでアリに挑発され続けてきた猪木が、逆にアリを挑発し始める。それに対してアリは「打ってこい」とばかりのアクションを見せた。ここから、試合の展開が変わっていく。猪木がスタンディングで勝負し始めると、アリも本来のフットワークを使ったスタイルで応戦。すると、猪木の蹴りに思わずアリはぐらついた。だが、猪木の蹴りが空を切ると、見せつけるように軽やかなステップを踏み始める。すでに限界に来ているはずの脚のダメージ。だが、アリは蝶のように舞い続けた。気づけば、あれほど挑発していたアリの表情はなく、真剣な表情に変わっていた。続く第10ラウンドで、アリは猪木に襲いかかる。この日、2度目となるアリのジャブが猪木をとらえたのだ。ジャブをもらった猪木だったが、怯まず距離を詰めていく。そして猪木はタックルを決めた。初めて互いの武器が相対した瞬間だった。

第11ラウンド始まると、明らかにアリの動きは鈍くなっていた。アリは猪木の足を取って捻じり、関節技を決めようと試みるが、猪木は動じない。ラウンドを重ねる毎に酷くなるアリの脚。容赦無い蹴りを浴びながらも、痛みをこらえてアリはリングに立ち続けた。続く12ラウンドでも、猪木の蹴りが炸裂。ラウンドが終わると、アリ側のセコンドは「ただ下がってろ。お前は立派にやってる。膝に注意だ」と声をかけた。

第13ラウンドが開始した。猪木は間合いを詰めて一気に頭から突っ込んだ。これはロープブレイクとなったが、再びタックルを仕掛ける猪木。ここでもアリがロープを掴み、ブレイクとなったことに苛立ちを隠せない猪木は、離れ際に急所を狙った。これにはアリも怒り心頭の様子で、コーナーでレフェリーと話した後、リング中央へ戻った。アリはジャブを繰り返し、両者の攻防は激しさを増す中で第13ラウンドが終了した。

蘇る伝説の死闘 終盤戦へ!

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後楽園ホール
日本武道館
石坂浩二
後藤秀夫
カール・ゴッチ
藤原喜明
坂口征二
羽田空港
京王プラザホテル
ケン田島

モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木VSアリ (バラエティ/情報)
22:48~

伝説の死闘 猪木VSアリの14Rを振り返る。当時のゲストの石坂浩二らが先ほどのタックルをアリが嫌っていると語った様子を伝えた。14ラウンドをノーカットで伝えた。

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モハメド・アリ
石坂浩二

モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木VSアリ (バラエティ/情報)
22:54~

猪木VSアリの最終ラウンドを振り返った。ラウンド終了までをノーカットで伝えた。

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アントニオ猪木
モハメド・アリ

モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木VSアリ (バラエティ/情報)
23:00~

試合終了後、アントニオ猪木がアリにサンキューという場面、試合後、「踏み込めなかったな、あと一歩、まぁ怖かった一歩」と語っている場面などを振り返った。アリはこの試合の後、2か月後の世界戦が中止となった。一方アントニオ猪木は右足甲剥離骨折という代償を負った。試合は1対1で引き分け。アントニオ猪木は試合後結婚式に呼ばれて「あんな怖い試合は無かったな。でもあれで良かった」と語ったことを明かした。

さらにこのあと、リオ五輪に受け継がれたアリの魂。

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アリ

モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木VSアリ (バラエティ/情報)
23:05~

スポーツ界で訴えられる人種差別反対のメッセージ、そして難民たちは6000万人にも及ぶと言われる。リオ五輪では、難民チームが初めて参加する。そこにはモハメド・アリの魂が生きていると伝えた。

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リオ五輪
モハメド・アリ
  1. 6月12日 放送