ビートたけしのスポーツ大将 2時間スペシャル 桑田真澄野球対決&名場面秘蔵映像

『ビートたけしのスポーツ大将』(ビートたけしのスポーツたいしょう)はテレビ朝日制作のスポーツバラエティ番組で、ビートたけしの冠番組でもある。第1期は1985年4月16日から1987年3月24日まで、第2期は1988年2月10日から1990年2月27日まで、それぞれ放送され、第3期は2017年11月12日から2018年9月16日まで放送された。

出典:goo Wikipedia

放送日 2018年9月16日(日) 18:57~20:54
放送局 朝日放送

番組概要

名場面 あの時実は…SP (バラエティ/情報)
18:57~

2018全米OP決勝でセレナ・ウィリアムズを破り、日本人初のグランドスラム優勝を果たした大坂なおみ。実は彼女の優勝を5ヵ月前に予言している人物がいた。大坂なおみが番組で最強中学生・松田絵理香とテニス対決を行った際の映像を紹介。勝利した大坂なおみについて、「彼女は絶対トップに行く」と断言したのは松岡修造だった。

キーワード
2018全米OP
セレナ・ウィリアムズ
大坂なおみ
松田絵理香
松岡修造

オープニング (その他)
19:08~

オープニング映像。

名場面 あの時実は…SP (バラエティ/情報)
19:08~

伝説アスリートの瀬古利彦がスタジオに登場。瀬古は日本男子マラソンの黄金時代といわれた1980年代に世界最強とうたわれたマラソンランナー。3連覇した福岡国際マラソンをはじめ、国際大会での成績は通算10勝をあげている。そんな瀬古の子供の頃の夢はプロ野球選手。中学時代は野球部のエースとして活躍していたが、陸上部の顧問に頼まれ出場した陸上2000mの県大会でいきなり優勝。翌年も同じ種目で県の中学新記録を叩き出し連覇を達成。走りに目覚めた瀬古は陸上の強豪・四日市工業高校へと入学し、驚異の8冠を達成した。大学陸上部からの誘いも多かったが、瀬古は一浪の末、早稲田大学へ一般入学。低迷期だった早稲田競走部の再建と瀬古の指導のために招集されたベテラン監督・中村清氏との出会いを果たした。中村監督は最初の挨拶で「早稲田競走部の低迷は我々OBの責任」と話し、自らの顔をビンタ。その出会いは強烈なものとなった。

ネクスト甲子園球児が集結/桑田から何点取れるか!?

キーワード
福岡国際マラソン
早稲田大学
中村清

名場面 あの時実は…SP (バラエティ/情報)
19:16~

早稲田競走部の監督に就任した中村監督は、地面の砂を食べるという驚愕の行動で選手が強くなるためならば何でもするという姿勢を示した。瀬古利彦は「君はマラソンをやりなさい、世界一にしてやる」と言葉をかけられたという。中村監督の練習は365日休みは無し。練習中から人間味を出してはいけないというルールを課され、私語や恋愛、友達作りも禁止された。中村監督は瀬古の食事も徹底管理。練習後は中村家で夕食を食べるのが決まりとなっていたが、自分が食べている量を把握するために抜き打ちテストが行われたという。

常に綺麗な走り方をするのが印象的だった瀬古利彦。中村監督からは苦しい表情を見せないようにと指導を受けていたという。また、中村監督は瀬古の友達付き合いや恋愛を禁止。瀬古は「中村清の門を叩いてから結婚するまで女性の手を握ったことない」と明かした。

中村監督の独特な指導によって力をつけた瀬古。当時最大のライバルは旭化成の所属で瀬古の3歳年上だった宗兄弟。最初に対決した福岡国際マラソンでは大学生だった瀬古が勝利したが、3人の実力に差はなかった。直接対決から1年、1979年の福岡国際マラソンで再び因縁の対決が繰り広げられた。この年の大会はモスクワ五輪の代表選考も兼ねた重要なレース。しかし、当時の瀬古は厳しい練習の疲労による絶不調の中、最悪のコンディションでレースに挑むこととなった。

「MUSIC STATION ウルトラFES2018」の番組宣伝テロップ。

キーワード
早稲田大学
中村清
宗兄弟
福岡国際マラソン
モスクワ五輪

名場面 あの時実は…SP (バラエティ/情報)
19:27~

モスクワ五輪の代表選考を兼ねた福岡国際マラソンで宗兄弟と対決することとなった瀬古利彦。激戦を制し見事2連覇を達成した。3人はモスクワ五輪代表に選出されたが、冷戦の影響で日本は五輪出場をボイコット。世界最強と言われた3人は五輪でのメダル獲得は叶わなかった。瀬古本人によると、福岡国際マラソンで絶不調の瀬古が宗兄弟に勝利できたのは宗兄弟が「後ろを振り返る姿を見た」から。2人が振り向く姿を見て勝てると確信したという。宗兄弟とは挨拶以外に言葉を交わしたことはないそう。

瀬古利彦のライバルだった宗兄弟がインタビューに応じた。弟・猛は旭化成陸上部の総監督、兄・茂は気功健康塾を経営しているという。現在65歳の宗兄弟は当時を振り返り、「自分たち3人が世界で一番強いと思っていた、その中で勝てない瀬古がいた。いま世界で一番強いのは瀬古なんだという気持ちがあった」と語った。1979年の福岡国際マラソンでは、スパートをかけた弟についてこられない瀬古を見て、不調を察したという。また、当時は底の見えない瀬古が怖かったが、現役を引退し喋るようになると底が浅かったことが分かったなどと話した。一番驚いたのは結婚式の招待状が届いたことだという。

宗兄弟のインタビュー映像を見た瀬古利彦は「宗兄弟があったから僕があった」と語り、尊敬の念があったため結婚式に招待したと説明した。

瀬古は大学卒業後、中村と共にエスビー食品へ入社。2人3脚のマラソン生活を続け数々の国際大会で連勝を重ねた。そんな瀬古にとって新たなライバルとなったのがタンザニアのジュマ・イカンガー選手。現在は開発途上国への国際協力を行う日本の機関「JICA」のタンザニア事務所で広報大使を務め、タンザニア初の女子陸上競技会を開催するなど陸上競技の発展に貢献している。イカンガーは当時の瀬古について「レース運びが戦略的で見事だった、彼は日本のヒーロー」と語った。

伝説アスリートの谷亮子がスタジオに登場。谷亮子はオリンピック5大会連続で金2つを含むメダルを獲得し、「ヤワラちゃん」の愛称で親しまれた柔道界のレジェンド。1975年 福岡市に生まれた谷は兄の影響で柔道を始めるとすぐに才能が開花。小学生の頃には大きな男子生徒と互角に戦っていた。全国大会の団体戦では男子に混ざり女子1人で参戦。初めての国際大会出場となった福岡国際女子柔道選手権では、大会史上最年少の15歳で優勝を果たした。その“”年後には初の五輪に出場。結果は惜しくも銀メダルに終わったが、敗戦後は国内・国際大会において驚異の80連勝を成し遂げた。ところが、誰もが金メダルを信じて疑わなかったアトランタ五輪では無名の北朝鮮選手に敗北。シドニー五輪で念願の金メダルを獲得した。

シドニー五輪での金メダル獲得から3年後、プロ野球選手の谷佳知選手と結婚。引退も囁かれたが、「田村でも金、谷でも金」と連覇をかけてアテネ五輪に出場し、見事2大会連続の金メダルを獲得した。その後、長男を出産後の北京五輪では金メダルこそ逃したものの、銅メダルで前人未到の5大会連続メダル獲得という偉業を成し遂げた。

そんな柔道界のレジェンド・谷亮子は金メダルをとった時に必ず円形脱毛症になっていたと告白。頭のリボンは小学生の頃に母親が目印のためにつけたものだったという。負けた時につけていたリボンは新調していたと明かした。また、谷亮子といえば組手を取る時のスピードだが、ボクシングのマイク・タイソン選手をイメージしていたものだそう。さらにこのあと、陣内貴美子が五輪開会式で谷がとった驚きの行動についてトーク。

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中村清
宗兄弟
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モスクワ五輪
柴田勝治
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福岡国際女子柔道選手権
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アトランタ五輪
ケー・スンヒ
谷佳知選手
アテネ五輪
シドニー五輪
北京五輪
円形脱毛症
マイク・タイソン

名場面 あの時実は…SP (バラエティ/情報)
19:55~

当時16歳の谷亮子と共にバルセロナ五輪に出場した陣内貴美子。カメラの持ち込みが禁止されていた開会式で谷が写真を撮り始め、他の選手たちも隠し持っていたカメラで次々と写真を撮り始めたというエピソードを披露した。

「MUSIC STATION ウルトラFES2018」の番組宣伝テロップ。

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バルセロナ五輪

ネクスト甲子園球児SP (バラエティ/情報)
19:55~

甲子園スター候補の最強中学生が集結。元巨人・桑田真澄&元中日・谷繁元信のレジェンドバッテリーから2イニングで何点取れるかの対決を行う。

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。1番バッターはジャイアンツカップ準優勝の主砲、東練馬リトルシニアの長堀翔。ショートゴロで討ち取られた。

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。2番バッターは浦添ボーイズの仲田唯憲。身長192cm、体重120kgと体格に恵まれ、沖縄の“怪物くん”の異名を持つ。谷繁のリードに翻弄され2ストライクに追い込まれるも、インコースを引っ張り三遊間ヒット。

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。3番バッターは全国優勝チーム静岡裾野リトルシニアでエース兼4番を務める木本圭一。この夏には15歳以下のサムライJAPANにも選出。ユーティリティプレイヤーとして活躍を見せた。初球ヒットでボールはセンターへ。

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。4番バッターは中学通算30本以上のHR記録を持つ山口東リトルシニアの前田健伸。初球から打ち返したものの、打球は1塁ライナーのダブルプレーとなってしまった。

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。5番バッターは福井中学ボーイズの佐藤隼太。ことしの日本少年野球選手権大会ではキャプテンとしてチームを初の日本一に導いた。打席はレフトフライでアウト。

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。6番バッターは貝塚ヤングの松川虎生。川端慎吾(東京ヤクルトスワローズ)&川端友紀(埼玉アストライア)という2人のプロ野球選手を育てた名将・川端末吉をして「最高の選手」と言わしめた。そんな松川の打席はは右中間ヒット。

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。7番バッターは名門・明徳義塾中学でクリーンナップを務める田村俊介。鋭い打球で1・2塁間を破りランナーを進めた。

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。8番バッターはボーイズリーグ日本代表としての実績を持つ小山ボーイズの星憂芽。レフトフライに討ち取られた。

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。9番バッターは京都東山ボーイズの森川倫太郎。関西No.1スラッガーの呼び声も高い。

キーワード
東練馬リトルシニア
ジャイアンツカップ
浦添ボーイズ
静岡裾野リトルシニア
第4回 WBSC U-15 ワールドカップ
福井中学ボーイズ
山口東リトルシニア
第49回 日本少年野球選手権大会
貝塚ヤング
第26回 ヤングリーグ中学部選手権大会
川端慎吾
川端友紀
第35回 全日本少年軟式野球大会
小山ボーイズ
京都東山ボーイズ

ネクスト甲子園球児SP (バラエティ/情報)
20:20~

最強中学生打線が桑田・谷繁レジェンドバッテリーと対決。9番バッターは京都東山ボーイズの森川倫太郎。フルスイングで右中間タイムリーを放ち、2人のランナーをホームに返した。

「MUSIC STATION ウルトラFES2018」の番組宣伝テロップ。

打順は再び1番バッター長堀翔へと回ったが、最後はセカンドゴロに討ち取った桑田。最強中学生ナインの得点は2点となった。

2回表でタイムリーを放った森川倫太郎は「見ていてインコースが多かった。まっすぐを張っていて、最後それがドンピシャ当たって2点入って良かったです」とコメント。桑田は野球を通じて色んなことを学んで、高校生になったら恋愛も大事などと話した。

キーワード
京都東山ボーイズ

名場面 あの時実は…SP (バラエティ/情報)
20:24~

ジャイアンツの元エース・西本聖がスタジオに登場。シュートを武器に通算165勝をあげ、1981年には巨人の日本一にも貢献した。日本シリーズではMVP&沢村賞も獲得するなど、江川・定岡と並び巨人の3本柱の一角を担った。西本は兄2人が甲子園出場を果たした名門「松山商業野球部」に入部するも、地方大会で敗退し甲子園出場はならず。プロへの道を諦め大学進学を目指していたが、なんと監督就任1年目の長嶋巨人からのオファーが舞い込んだ。しかし、当時の注目はドラフト1位での入団を果たした鹿児島実業・定岡正二へ集まるばかり。それがドラフト外での入団となった西本の雑草魂に火をつける結果となり、人一倍の努力を重ねた西本は中継ぎから先発を任されるまでに成長。入団3年目には防御率2.67でチームのリーグ優勝にも貢献した。

入団5年目の1979年、この年の西本は開幕から絶好調だったが、8月1日の広島戦で3人にデッドボールを食らわせてしまった。そして試合後には大事件が。

キーワード
長嶋茂雄

名場面 あの時実は…SP (バラエティ/情報)
20:31~

1979年8月1日の広島戦で先発を任された西本は、味方の援護もあり7回表までに7-1と大量6点リードで7回裏を迎えた。ところが、西本は先頭打者の三村をはじめ萩原、衣笠に1イニングで3死球を与えるという大失態。グラウンド上は乱闘状態となった。しかし、大変だったのは試合後のとある出来事だという。

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1イニング3死球という大失態を犯した西本聖。結果的に試合は引き分けとなったが、試合後には長嶋監督から20発以上のビンタを食らわせられたという。定岡正二は当時西本と共に監督の部屋へ行ったという角選手から、ビンタの後に監督が涙を浮かべていたというエピソードを聞いたと明かした。また、定岡自身も西本が降板した後にマウンドにあがり5点をとられたが、監督室でビンタをくらい嬉しかったなどと話した。

西本引退試合で長嶋監督が驚きの行動を!

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長嶋茂雄
巨人
広島
三村敏之
萩原康弘

名場面 あの時実は…SP (バラエティ/情報)
20:39~

巨人入団6年目には14勝をマークし、西本は巨人のエースへと成長。その後、巨人・中日・オリックスで通算165勝、リーグ優勝5回という輝かしい成績を残した。椎間板ヘルニアの手術の影響もあり引退の2文字が頭をよぎる晩年、西本は第2次長嶋ジャイアンツを最後の球団として選択。入団テストに合格こそしたものの、1軍のマウンドには上がることなく20年の現役生活にピリオドを打つこととなった。通常、球団に功績を認められた選手の引退試合は通常シーズン終盤の試合に登板し花道が設けられるが、この年の巨人は中日と「10.8決戦」を繰り広げており、2軍にいた西本の引退試合を行う余裕はなかった。しかし、西本の引退の花道を飾ってあげたいと思っていた者は多く、手作りの引退試合が行われることに。西本の原点となる巨人の2軍練習場「旧多摩川グラウンド」を舞台としたこの試合には桑田真澄や村田真一、川相昌弘らがトップ選手が集結。始球式を務めた長嶋茂雄が最終回には代打として打席に立った。この“代打 長嶋”は長嶋監督が自ら仕掛けた演出だったという。

「MUSIC STATION ウルトラFES2018」の番組宣伝テロップ。

松村邦洋がトイレの中に二岡選手がいると思い急かしたところ、中から長嶋監督が出てきたという本木大介のエピソードを披露。また、ビートたけしは謹慎中に長嶋監督とゴルフをしたなどと話した。

谷亮子が人生最高の試合を語る

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長嶋茂雄
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村田真一
川相昌弘
与田剛
中村武志
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宮本和知
長嶋監督
二岡選手

名場面 あの時実は…SP (バラエティ/情報)
20:49~

谷亮子が人生最高の試合だと話すのはリオデジャネイロで開催された2007年世界柔道選手権大会の決勝戦。当時、女性アスリートに結婚や出産=引退というイメージがあった中、自分が金メダルを取ることで発信に繋がっていけばと考えていたという。

キーワード
2007年世界柔道選手権大会

番組宣伝 (その他)
20:51~

「西村京太郎トラベルミステリー69 金沢~東京・殺人ルート 2時間33分の罠」の番組宣伝。

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