世界の村で発見!こんなところに日本人 傑作選

『世界の村で発見!こんなところに日本人』(せかいのむらではっけん!こんなところににほんじん)は、朝日放送テレビの制作により、テレビ朝日系列にて2013年4月5日から2019年3月26日までレギュラー放送されていたバラエティ番組である。全150回。なお、レギュラー化前に2008年より不定期特番として7回放送していた。レギュラー放送終了後も、不定期特番として単発放送する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2019年2月9日(土) 14:00~15:00
放送局 朝日放送

番組概要

オープニング (その他)
14:00~

オープニング映像。

千原ジュニアら、出演者による番組開始の挨拶。

「世界の村で発見!こんなところに日本人」の番組宣伝。

東南アジア インドネシアの赤道直下 (バラエティ/情報)
14:00~

インドネシア共和国のリンバジャヤ村に暮らす日本人を、有森也実が探す。スカルノハッタ国際空港からタクシーに乗り込み、首都のジャカルタのホテルまで移動した。夜が明けてから、リンバジャヤ村について聞き込み開始。リンバジャヤ村があるスマトラ島は、ジャカルタがあるジャワ島の西側。そのスマトラ島の南部にあるバンダルランプンという街まで、バスとフェリーで移動することになった。午後7時半、スマトラ島に到着し、バンダルランプンには午後10時半に到着した。

バンダルランプンに到着し、リンバジャヤ村について聞き込み開始。リンバジャヤ村は、バンダルランプンから北に約280kmのところにあるパレンバンという街の近くにあるという。1日目が終了し、2日目、バンダルランプンからパレンバンまでバスで移動することになった。

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リンバジャヤ村(インドネシア)
スカルノハッタ国際空港
ジャカルタ(インドネシア)
バンダルランプン(インドネシア)
ジャワ島
スマトラ島
スンダ海峡
パレンバン(インドネシア)

東南アジア インドネシアの赤道直下 (バラエティ/情報)
14:18~

インドネシア・リンバジャヤ村にいる日本人を探す有森也実。途中の町パレンバンに向けて出発した直後、バスが停車した。バスが停車したのは、ブレーキの利きを直すためだった。修理は30分ほどで終わり、バスは再出発。バスは悪路を進み、人の乗り降りで何回も停車する。バンダルランプン出発から13時間半、午後11時にドライブインで夕食休憩となった。午後11時半、夕食休憩を終えバスは出発。午前2時半、バンダルランプンから17時間かかりパレンバンに到着した。

パレンバンで、リンバジャヤ村までの行き方を聞き込み。リンバジャヤ村までは約30kmで、バスかスピードボートで移動することができる。夜が明けて3日目、リンバジャヤ村までスピードボートでムシ川を下った。船を降りてからリンバジャヤ村までは、バイクタクシーで1時間移動した。日本出発から67時間、リンバジャヤ村に到着した。

インドネシアの旅について、有森也実は「5時間が10時間、10時間が17時間かかった。何を信じていいのか分からない」などと話した。森山良子は有森也実の旅について、「お気の毒としか言えない」などと話した。

日本人のいるインドネシア・リンバジャヤ村に到着した有森也実。日本人がいるキロメーター13という地区まで、徒歩で移動した。歩くこと30分、キロメーター13に到着。日本出発から68時間、日本人の家に到着した。

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パレンバン(インドネシア)
リンバジャヤ村(インドネシア)
バンダルランプン(インドネシア)
ムシ川
インドネシア
キロメーター13(インドネシア)

東南アジア インドネシアの赤道直下 (バラエティ/情報)
14:41~

日本人のいるインドネシア・リンバジャヤ村に到着した有森也実。日本出発から68時間、リンバジャヤ村に暮らす日本人男性の塚平進さんを発見した。塚平さんは、村でゴム農園を経営しているという。東京ドーム1.7個分の土地に、ゴムだけでなくパイナップルやバナナなどを栽培している。塚平さんはインドネシアの女性と結婚し、息子と一緒に3人で暮らしている。

塚平さんは東京・四谷で生まれ、大学卒業後は木目の壁紙等の印刷を行う会社で働き、38歳のときに木材輸入会社を経営。木材産業が盛んだったインドネシアの会社と取引を始めようと、インドネシアと日本を行き来するようになった。そしてパレンバンの木材加工工場から加工品の輸入を始めた。そんな時、パレンバンからの品物に不良品があり、塚平さんの会社が大打撃を受ける。そして58歳の時にパレンバンで自ら工場で指導することを決意し、坡平さんの指導で日本へ不良品を輸出することがなくなった。日本の会社も立ち直り、インドネシアで評判が広まった。

塚平さんは日本の会社を部下に託し、インドネシアでの仕事に没頭。しかし仕事に没頭するあまり、日本の奥さんに愛想を尽かされて離婚。塚平さんはインドネシアに永住することを決意した。そんな時、現在の奥さんと出会ったという。2003年に結婚し、翌年には長男が誕生。リンバジャヤ村でゴム農園を始めたのは3年前だという。

有森也実は、塚平さんと一緒にリンバジャヤ村からパレンバンの街の一角へ。太平洋戦争の日本人戦没者墓地を訪れた。かつて、パレンバンにはアジア最大級の油田と製油所があった。太平洋戦争中、石油を確保する必要があった日本は、パレンバンの精油所を制圧。その後、パレンバンは戦場となり多数の戦死者が出た。塚平さんは、「墓地をなんとか維持しようということで、何年にいっぺんかは綺麗にしている」などと話した。

インドネシアの旅について有森也実は、「離れられない2人だなと感じた」などとコメント。

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リンバジャヤ村(インドネシア)
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パイナップル
バナナ
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四谷(東京)
パレンバン(インドネシア)
太平洋戦争
インドネシア

東南アジア インドネシアの赤道直下 (バラエティ/情報)
14:57~

インドネシアで暮らす塚平さんとその妻・ニンシさんは、45歳差のカップル。妻のニンシさんの父親は、ご存命なら今年86歳で、塚平さんより10歳年上。ニンシさんは父親55歳、母親41歳の時に生まれた。

キーワード
インドネシア
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