世界の村で発見!こんなところに日本人 2014年6月20日放送回

『世界の村で発見!こんなところに日本人』(せかいのむらではっけん!こんなところににほんじん)は、朝日放送テレビの制作により、テレビ朝日系列にて2013年4月5日から2019年3月26日までレギュラー放送されていたバラエティ番組である。全150回。なお、レギュラー化前に2008年より不定期特番として7回放送していた。レギュラー放送終了後も、不定期特番として単発放送する。

出典:goo Wikipedia

放送日 2014年6月20日(金) 21:00~21:54
放送局 朝日放送

番組概要

オープニング (その他)
21:00~

オープニング映像。

中米 ドミニカ共和国 海辺の小さな町に暮らすたった一人の日本人 (バラエティ/情報)
21:00~

ドミニカ共和国はカリブ海にあり、面積は九州より少し大きい小さな国。今回日本人が暮らしているのは、ラスガレーラスという町。長野博が日本人探しの旅に出た。ラスガレーラスはラスアメリカス国際空港から約100キロ離れた町。どうやって行くか聞き込み調査すると、高速道路と船での移動があるとのこと。船のルートを選択し、まずはタクシーでサンペドロ・デ・マコリスに移動した。野球で有名なこの町には、野球選手養成アカデミーもある。サミー・ソーサもこの町出身で、小さいが像もあった。

長野博は、運転手さんに教えてもらったアマーブレというお店で夜ご飯を食べることに。オススメだというパステレス エン オハスを注文。すり潰したバナナで挽肉を包みバナナの葉を巻いて茹でた家庭料理だが、「微妙」とコメント。こうして1日目は終了した。

2日目、ラスガレーラスへの生き方を聞き込み。バイクタクシーに乗せバス停へ向かい、船着場のあるサバナデラマルを目指す。バスは車内で音楽が鳴り響き、デコボコした店ではわざとスピードを上げて客を楽しませるサービス付きだった。後輪が裂けているが気にせずに進み、船着場にようやく到着。対岸のサマナへ向かうが、大荒れ。しかし長野は波に揺られながらも笑顔をキープし続け、サマナへ到着した。次は乗り合いタクシーの荷台に乗り、日本出発から51時間ラスガレーラスに着いた。

長野博がドミニカ共和国で食べたパステレス エン オハスについて、秋吉久美子が「食べる前ってより、食べた後みたい」とコメントした。

ドミニカ共和国のラスガレーラスは人口7000人の小さい町で、昔ながらの生活が今尚残っている。住民に聞き込みをし、日本人が働くというグランドパラダイスホテルで、ようやくラスガレーラスに住むたったひとりの日本人、森田海王さんに出会った。

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ラス アメリカス国際空港
サンペドロ・デ・マコリス(ドミニカ共和国)
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サミー・ソーサ
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サマナ(ドミニカ共和国)
ドミニカ共和国
グランドパラダイスホテル

中米 ドミニカ共和国 海辺の小さな町に暮らすたった一人の日本人 (バラエティ/情報)
21:24~

ドミニカ共和国のラスガレーラスに住むたった1人の日本人、77歳の森田海王さん。還暦になって人生を振り返った時功績が見つからず、旅に出たという。最初はペルー行きのつもりだったが旅行会社の手違いでドミニカ共和国のチケットを手にし、それも縁だと1999年にドミニカ共和国に来た。気候や風土、人間に惚れ込みここで暮らしてみようと決めたという。森田さんはこの海でサンゴを育て自然の水族館を作り、シュノーケリングツアーを行っている。

森田さんは1937年に屋久島で生まれ、20代からスキューバダイビングを始め世界中の海を潜ってきた。地震による津波でサンゴが死滅し、魚もほとんど姿を消してしまった海を見て、魚を増やすやり方をレポートに書き政府にて提出。すると、海を任せるから魚を増やしてみせろと言われ、日本人としての誇りを胸にサンゴを1つ1つ掘り返し、魚の住処となる魚礁を組んでいったという。そして今では2万匹以上に増えた。57歳のときに妻と死別したという森田さんは、ドミニカで新たな伴侶とも出会った。2人の出会いは、森田さんがドミニカに来た2日目。62歳の時に出会って3か月で結婚した。妻・ドミンガさんは100人の大家族で、挨拶に行った時は驚いたが理想の家族だという。

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ラスガレーラス(ドミニカ共和国)
屋久島(鹿児島)

中米 ドミニカ共和国 海辺の小さな町に暮らすたった一人の日本人 (バラエティ/情報)
21:34~

ドミニカ共和国に住む森田海王さん。学者の父親への反発から学者になるというレールを外れ、10代の頃は暴走族の元祖・狼族の筆頭に立っていた。交通事故を起こし脊髄骨折をしたが親は「そのような者は我が息子ではない」と突っ張り病院に来なかった。それを機に、森田さんは名前を捨て海王と名乗り始め、親も失った。それから両親とは音信不通で、死に目にも会えなかった。日本からただ1つ、大切に持ってきたのは両親の写真。「親というものはどんな親でも尊ぶべきものだ」と話した。翌日、長野博と森田海王さんは、森田さんが復活させた海に入った。海の中では、森田さんの周りにたくさんの魚たちが集まってきていた。

長野博が、「森田海王さんに求愛している魚がいて、他の魚が来ると追い払っていた」と話した。

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ドミニカ共和国

千原せいじがアフリカ54か国に住む日本人全員に会いに行きます! (バラエティ/情報)
21:39~

現在せいじがいるのは、ガーナ共和国。首都アクラから約60km離れたアコレイという村に日本人女性がいる。日本出発から103時間、ようやく日本人女性に出会った。泉山純子さんは、24ヘクタールのマンゴー畑を所有し、首都から週5日通いこの畑で過ごしている。父・陽一さんは農業の専門家として海外赴任が多く、その影響で海外で働くことに興味を持つようになり、25歳のとき青年海外協力隊でガーナへ派遣された。オイルショックと干ばつで食料も物資も不足していたガーナを目の当たりにし、帰国後国際協力の道へ進んだ。

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アコレイ(ガーナ共和国)
アクラ(ガーナ共和国)
青年海外協力隊

千原せいじがアフリカ54か国に住む日本人全員に会いに行きます! (バラエティ/情報)
21:45~

ガーナ共和国のアコレイでマンゴー栽培をしている泉山純子さん。1992年、日本でガーナ人のご主人と出会い、99年結婚を機にガーナへ移住した。マンゴー栽培を始めたのはたまたまで、農業省の友達に農地を売っていると持ちかけられたからだそう。当初は栽培を依頼していたが、2012年に父が亡くなり遺品の中に「奇跡のリンゴ」という本を見つけた。それに刺激を受け、有機農業でマンゴー栽培をしたいと思ったという。マンゴー栽培を始めて2年、挑戦はまだ始まったばかり。泉山純子さんにとってガーナとは「くされ縁」とのこと。

長野博が千原せいじについて「日本人に会ったとき、自分が先に椅子に座って名前を聞いていた、ナチュラル。」とコメントした。

キーワード
アコレイ(ガーナ共和国)
マンゴー

スポット

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