NHKスペシャル ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜

『NHKスペシャル』(エヌエイチケイスペシャル)とは、NHKのドキュメンタリー番組である。略称は、「Nスぺ」単発のドキュメンタリーを制作・放送していたNHK特集に代わり、1989年4月2日放送開始。原則、毎週日曜日の21:00 - 21:50に放送するが時間枠を拡大したり他の曜日・時間に放送することもある。再放送は、火曜・水曜深夜。多くはハイビジョン放送である。

出典:goo Wikipedia

放送日 2017年1月7日(土) 21:00~21:50
放送局 NHK総合

番組概要

オープニング (その他)
21:00~

広島・基町アパートに住む中本忠子さんは、罪を犯してしまう子どもたちの立ち直りを支えてきた。中本さんは「腹が減った時はみんな悪さをすることしか頭にない」と話す。

キーワード
基町アパート

ばっちゃん〜子どもたちが立ち直る居場所〜 (バラエティ/情報)
21:02~

2010年11月、中本忠子さんを取材。中本さんのもとには、問題を抱えた少年たちが毎日駆け込んでくる。中本さんは40代の頃から罪を犯した少年の社会復帰を手助けする保護司のボランティアをしてきた。活動開始後すぐに非行の原因は空腹にあることに気づき、子供たちに手料理を振る舞うようになった。集まる子供たちは貧困や育児放棄など様々な理由で食事を取れずにいる。中本さんは子どもたち一人一人に話しかけ、いじめを受けているという男の子はライターで焼かれたエピソードを話した。再犯の数も増え、中本さんは子どもたちの立ち直りが以前にも増して難しくなっていると感じている。

2013年9月。ばっちゃんが特に気にかけている少年・マコトは幼い頃からお腹をすかせてはここに出入りしていた。この頃は母親が再婚したばかりで、父親にはマコトとの同じ歳の連れ子がいて新しい家族とは会話がなかった。マコトはばっちゃんの家に来ない時は、夜遊び周り度々問題行動を起こしていた。マコトの家はばっちゃんの家の近くだが、中々家には帰ろうとしなかった。この1年ほどあと、マコトは少年院に入った。マコトが入ったのは広島の少年院で、ここでの生活は1年を超えた。仮退院が近づいたとき、昔の仲間がいる広島では更生が難しいとマコトの親が言い、ばっちゃんが愛知県のNPOに引き受けを頼みそこで構成を目指すことになった。

2016年5月、マコトは愛知県の少年院に移され、仮退院の日を迎えた。今の気持ちを訊かれたマコトは笑いながら「こわい、不安です」と語る。マコトは中学の卒業式にも出席できなかった。たったひとりで新しい生活を始める。車の中で携帯電話を渡され、真っ先にかけたのはばっちゃんだった。住む場所と最低限の家財道具はNPOが用意してくれた。知り合いが誰もいない土地で更生を目指すマコトはまだ16歳。マコトは不安の原因について「新しい友だちとかできてそっからまた悪い方に行くんじゃないかって」などと語り、友達を作らないほうが良いんじゃないかと思ったりしている、気持ちの整理とかまだできてないと明かした。そんな中、ばっちゃんとはずっと関わっていきたいといい「どんなに切れと言われても絶対に切れんなっていうのがあって、切りたくないし」「ばっちゃんがおるけちょっとは安心できるかな」などと語っていた。

マコトが仮退院して7日後。マコトには新しい生活を始める前にばっちゃんに会いに行っておきたかった。当面の生活資金として親からもらっていた5万円から、散髪をし深夜バスのチケットを買った。ばっちゃんの家に通い始めたのは小学4年生のとき。マコトの行動を心配した学校の先生がばっちゃんのことを教えてくれた。なにかあると心配してくれるのはいつもばっちゃんたちだった。早朝、マコトは広島についた。

一方、ばっちゃんは料理を作っていた。この日ばかりはマコトのためだけに。ばっちゃんは昨日もマコトと電話でかなり話をしたといい、「俺は何でこういう家庭に生まれたん?いうね、だけど生まれた家庭を変えることはできんのじゃけ、だけど生き方は変えていけるじゃって、生きることは自分でね、変えていけるじゃんっていうんだけど、月日がかかると思うよ」等と話した。ばっちゃんが作っていたのはマコトが小さい頃から好きだった親子丼。ご飯を食べながら、マコトはばっちゃんに色々と注意された。昔と変わらず本当に細々と。1年ぶりの広島の町でマコトは多くの友人にあった。お腹が空くとばっちゃんとご飯を食べ、語った。マコトは「審判の後、自分が少年院に行って泣いたって聞いたんでばっちゃんが」「絶対悲しませちゃいけんなって思って」などと明かした。

マコトの同級生は高校2年生。みな楽しそうに学生生活を送っていた。一方、知らない土地で一人でクラスことになったマコトは仕事を探すのだけでも容易ではない。

2013年8月。居場所のなさが子どもたちを非行に走らせ、立ち直りの可能性さえも奪ってしまう。ばっちゃんはここ数年、家にやってくる子どもたちと地域住民が交流する取り組みにも力を入れている。一緒にご飯を食べ、顔なじみになることで地域が子供の居場所の一つになれないか模索している。会には子どもたちの親も呼んでいる。入れ墨の入った母親は3人の息子がばっちゃんの家に通っていた。この日ばっちゃんは、少年院にいる女性の息子から届いた手紙を渡した。そこには漢字も多く使われ周囲への感謝が綴られていた。自分が知らない息子の成長が手紙の中に溢れていた。親自身が家庭のぬくもりを知らずに育っていることも少なくない。どうしていいかわからない親に、ばっちゃんは何度も語りかける。今夜寝るところがないという少女から電話がかかってきた。少女は仕事をクビになり、荷物を置くところがないので其のことをどうしようとか相談されたという。次の日電話をかけた少女がばっちゃんの家にやってきた。この少女は家族に暴力を奮ったため、家にいることができなくなった。住み込みに仕事を始めたが続けられなくなったという。住む場所をなくした少女は、親の同意を得られないため自分でアパートを借りることもできなかった。親への暴力は、全く自分に関わろうとしないことへの怒りだったという。少女は「ばあちゃんとかおらんかったら今頃生きとったかどうかもわからんけ」などと語る。何が一番嫌だったか聞かれ「やっぱり一番辛かったのは居場所がないこと」と答えた少女は「心の居場所がないことが一番つらいね」と続けた。心の居場所を求めてもがき続ける子どもたち。その声に私たちはどれほど気づけているのだろうか。

2016年9月、敬老の日にばっちゃんの家を尋ねると、子どもたちから沢山の贈り物が届いていた。御年82、最近は仲間も増え寄付も寄せられているというものの、なぜ続けられるのか。そんな疑問をどうしても抱いてしまう。続けられるのは中本さんにも喜びがあるからかと問うと「ありゃせん、つらいばっかり」と語りながら笑う。ここから巣立っていった子どもは300人を超える。かつて暴走族のリーダーだった少年から、最近連絡があった。長男の就職が決まり、次男は専門学校に入学したとのこと。薬物に手を出していた女の子は、母になり最近息子が結婚したと報告してきたという。

2016年10月、少年院を出てから5ヵ月。マコトを訪ねてみると働き始めていた。勤め先は近所の居酒屋。開店前の掃除や仕込み、そして接客。お酒の種類やメニュー等、覚えることもたくさんある。でも目標ができた。「考えたときにふと思ったのがちっちゃい子好きじゃけ、面倒見るのもそんなクじゃないかなと思ったんで保育士目指してみようかなと」 「自分の中でも簡単じゃないっていうのは分かってますけど目指してみようかなと、短大行って資格取ろうかなと」などとマコトは話した。うまくいかないことや壁にぶつかることもたくさんある。それでも自分の人生を歩み始めていた。一人暮らしにも大分慣れた。ただ一つ、離れてみてばっちゃんの存在の大きさを改めて感じている。「前は食堂みたいな感じだったけど、自分の親として会いたいなというのがある」と語った。

キーワード
保護司
愛知県
広島県
敬老の日

エンディング (その他)
21:47~

今日は休みで学校の給食がないので、朝からごはんを3回炊いたと言いながらおにぎりを作るばっちゃん。このごろは誰が来るというような約束はしないという。なぜ続けられるのかと繰り返し尋ねる私たちにある日ばっちゃんは、子どもから面と向かって助けてと言われたことがない人にはわからないんじゃないの、と答えた。

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